数日後、カムイに呼ばれてジョーカーは小躍りして焼き菓子と紅茶を運んでいった。自分で淹れた紅茶はまたギュンターに駄目出しされて使用人たちの胃袋に消えてしまったが、焼き菓子はなんとか守ることができた。
「カムイ様、ジョーカーです」
「入って」
カムイ本人に触れるように優しくしかし確かにノックをして、返事を聞いてからジョーカーは扉を開けた。カムイは正面のティーテーブルの椅子に座っていて、ジョーカーの顔を見るとにこーと笑った。
自分が来るのをそうやって待っていてくれたのだ、と思うと、膝から崩れそうになる。せっかくカムイのために用意した紅茶と茶菓子を失うわけにはいかないという一心でテーブルにたどり着いた。
卓上にはここのところサイラスと遊んでいるボードゲームや、フローラフェリシアと遊ぶときの髪結いリボンなどが広がっていることが多かったが、今日は何も置かれていなかった。自分のために空けられているようなそこに茶器を整えた。
「えへへ、ありがとうジョーカー。おいしいな」
「よかったです……。もうすっかり元気になりましたか?」
「うん! ギュンターに聞いたら、今日はジョーカーといっぱい遊んでもいいって」
「えっ……、おれと、遊んでいいか、聞いてくださったのですか? フローラたちではなくて」
カムイは少し不思議そうな顔をして、またすぐにわくわくしている気持ちに押し流されるように快活に笑った。
「そうだよ。ジョーカーにね、見てもらいたいのがあって」
茶菓子をおいしそうに食べ終えるとカムイは鏡台から櫛や装飾品などの入った小物入れを持ってきて卓上に置いた。この中のもので遊ぶのか、それともまた何かカミラ様からかわいいものをもらったかなと見守っているジョーカーに、カムイは空いているもうひとつの椅子を指した。
「すわって」
言われるままに失礼します、と座ると、カムイはすっくと立ちあがって背後にまわってきた。驚いて立ち上がる。
「すわって!」
「だ、だめです、おれが座ってカムイ様が立ってるなんて。何するんですか」
「……ないしょ! ね、すわって。かぎをかけてくるから!」
そう言ってぱたぱたと内鍵をかけに行ってしまう。鍵? と一瞬戸惑ったが、どうやらギュンターに見とがめられて叱られないようにしてくれているようだった。
「これでもう大丈夫だよ、ジョーカー。すわって」
「……はい」
カムイの優しい気持ちにジョーカーは折れた。座ると、鼻歌を歌いながらカムイがまた後ろにまわってくる。
「じっとしててね。首動かさないで」
「はい」
何が始まるのかどきどきした。後ろからのびた手は、まずジョーカーの頭を撫でた。跳ねるほど嬉しくて実際肩は跳ねてしまった。
「わ、あっ」
「ジョーカー、さらさら。きれい」
感触を指で楽しみながらカムイはジョーカーの頭の上から横の髪を束にして持った。何回か梳くような感触があって、束をいくつかに分けて少し引っ張られているのがわかった。
髪を、かまわれているのだ。フェリシアにするように。何か言うとへんな声が出そうで、されるがままになって唇を噛んでいた。だんだん気持ちがよくなってきて、顔から火が出そうになる。
「ん……、んっ……」
「ふん、~~ん、ふん、ふふふん」
ゆっくりとした鼻歌を歌いながら、それに合わせてカムイは髪束を引っ張って何かやっている。その歌がよく王城で演奏されていたり練習のとき口ずさまれていたりするワルツ曲の旋律だったので、ジョーカーは我に返った。まだカムイに教えていない。
「カムイ様、その曲」
「これ? ついこのあいだ、フローラが教えてくれた。これを歌いながら調子にあわせてあんでくださいって」
ジョーカーはてっきりダンス指導の相手をフローラに出し抜かれたのかと思ってすごい形相になりかけたが、そうではなく、フローラはジョーカーが教えるときのために曲を耳になじませてくれたようだった。同時に、フェリシアにも聞かせていたのだろう。
三拍子にあわせてカムイは楽しげに髪をいじる。最後に小物入れから細いリボンの切れ端を取り出して、ちまちまと結んだ。
「できた!」
カムイは背後で喜び、すぐに手をとって鏡台の前へジョーカーを連れて行った。
「ジョーカー、きれい。すごくかわいい。ジョーカーにしたらぜったいにきれいだと思ったんだ」
「えっ……」
鏡に向かって首を少し横へ回してみると、カムイが何かやっていたあたり、頭の側面に一束の髪が三つ編みになってたらされていた。
「みつあみはね、元気でいますようにっていう、おまじないでもあるんだって。そうやってフローラが言ってたから。ぼく、自分でジョーカーにしてあげたかったんだ」
フェリシアのように長く多い髪ではない、編むには大して面白くないだろう髪を触りながらカムイはにっこりと笑った。ジョーカーは、いつも、誰と何をしているときもカムイを見ている。カムイはジョーカーだけを見ていることはできないし、すべきではないと思っていた。けれど。
主に編まれた髪を鏡の中に見ながらそっと触ると、確かに三つ編みの凹凸がわかった。それをなぞりながら、ジョーカーはぼろりと涙をこぼした。
「えっ、えっ? 気に入らなかった? どこかいたい?」
「いえ、いいえ。カムイ様、カムイ様」
「うん、泣かないでジョーカー」
「ありがとうございます。大好きです」
下を向いて涙をぬぐうと、カムイが覗きこんでくる。ジョーカーの口元が微笑んでいるのを見て安心したように笑い、ぎゅっと抱きついてきた。
「ぼくも大好き!」
ジョーカーは顔を覆っていたり三つ編みを触っていたりした腕をのばして、いつものふんわりと撫でてあやすような抱擁よりも強く主を抱きしめた。早くこの人と踊りたい、と思って、少し抱え上げてくるくると回った。カムイは銀髪に鼻先をうずめてきゃあきゃあ喜び、自分の編んだつややかな三つ編みの房にちゅっとキスをした。
開けた窓から聞こえてくるカムイの歓声に気付き、中庭のフローラはそれを見上げて少し笑ってから、むこうの井戸にはまりそうになっているフェリシアを助けに行く。空は昼なお薄暗く、城砦は寒々しく、故郷に帰れる予定はなく、誰も救い出してくれることはない。それでも。ただささやかに願う祈りで胸をあたためる。きっと大事な人を心にもつ、誰もかもが。
あなたが、元気でいますように。
同軸作品
【R-18】獣の贄
カムイが満月に竜の力の興奮で性衝動に苦しんでいることを知ったジョーカーが思わず体を張ってしまう話(6000字程度)
【R-18】羊の領分
『獣の贄』の続き。満月の夜に定例的にご奉仕をするようになったジョーカーが執事の身の程プロ意識と情愛的にグイグイくるカムイ様の間で揺れる話(24000字程度)
【R-18】永遠の供
ナイフの騎士
『獣の贄』の前日譚。ジョーカー合流直後、異様な忠愛を見せつけてタクミやサイゾウのホモソ目線を怖がらせましょう! 二人の出会いの回想を織り交ぜて(31000字程度)
銀のワルツ
北の城塞にフローラフェリシアが人質に来たころ、フローラ目線で少年ジョーカーの悪いイメージが良くなってく話(18000字程度)
【R-18】イランイランの季節
『獣の贄』の一連と透魔エンド後。新年の大祭を復興するのにジョーカーに神官役が回ってくるが、亜熱帯の神官服セクシーすぎ?(20000字程度)
【R-18】ヒイラギの季節
『獣の贄』の一連と透魔エンド後。雪山遭難ックス(12000字程度)

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