磨いた銀の装飾品と、刺繍を完成させた白絹を籐編みの箱に入れてジョーカーは謁見の間の控え室へ歩いていた。今日は大祭の来賓に招かれる暗夜王族の返信と、何か別の催しの相談を携えてレオンが訪ねてくることになっている。せっかくだから今日着てみましょう、と言われたのだ。アクアの指示通りに作った衣装はまったくの一本の布なので、そのままでは一体何をどうするのかわからない。
「アクア様。参りました」
「入って」
控え室に入るとアクアが珍しく鏡に向かって化粧をしていた。髪より深い水色から青の衣に金ビーズの刺繍が映えている。その背中でフェリシアがアクアの後ろ頭の寝癖に悪戦苦闘している。
「ごめんなさいね、この通りで……。カムイの服はもう整えたから時間は大丈夫よ」
「ああ、お任せして申し訳ございません」
「いいの。悪いけれど口で説明するから着てみてくれるかしら」
「はい。よろしくお願いいたします」
ジョーカーは内心ほっとした。アクアに手ずから着付けられてはたまらない、なんとか言い繕って自分で着ようと思っていたところだった。長い垂れ布に覆われた着替え仕切りの中に入って服を脱ぐ。
「下は大丈夫?」
「ええ」
「じゃあ上だけれど。まず緑の玉の鎖飾りがあるでしょう、それは首飾りよ。金具は首のうしろ。つけられる?」
「えっ?まず首飾りですか」
「そう。いける?」
「はい、つけましたよ」
「大きな翡翠の飾りがあるのを真ん中にしたら、その裏に輪があるでしょう。そこに透けたほうの布を通して……、」
……
「これでできあがりなはずよ。どう? できたなら見せ」
「ちょっ、ちょっと待ってください本当にこれでいいのですか」
「だから見せてと言っているのだけど……」
「そ、そうおっしゃられましても」
仕切りの中でジョーカーは心底困っていた。アクアの指示の通りに布はみごとに衣装らしい衣装として着付けられたのだが、そう、よい指示だった、言葉だけなのに誤解の余地のないはっきりした指示だった、それでできあがった「衣装」にものすごく困っていた。
ジョーカーは自分の体を覆っている、いやあまり覆っていない、その衣装によく似た感じの服装を見たことがあった。主に盛り場で。
暗夜の下級貴族や王侯の使用人たち、羽振りのよい商人などが集まるような雑然とした酒場にはよく、どこだかわからぬ異国風の衣装を着た女や少年がこれまた出所不明の淫靡な踊りを披露し春をひさいでいた。その衣装はビーズや揺れる金銀の飾りで男の目をひきつけるもので、白夜とは違った神秘の異国味と薄い紗の組み合わせは暗夜では官能と結びつけられていたのだった。
短く言うと、露出が多くいやらしい連想のある衣装であった。
「入るわよ」
「あああ」
無造作に垂れ布を分けてアクアは入ってきた。カムイ以外に肌を見られるとあって、はっとカムイと交わった無数の痕が見えてはまずいと気にしたが、肩にも腰にも腕にもほとんど何もなく、その点だけはほっとした。アクアはふむふむと少しだけ布のドレープを直した。
「これでいいわ」
「いいのですか!」
「……? 何か問題があるの?どこか締め付けがきついかしら」
「い……いえ、それはありませんが……」
「ならよかった。素敵よ。カムイも気に入るわ」
「ジョーカーさんきれいです~」
「わっわっお待ちください」
じきにレオンが来るのよ、と言ってアクアはジョーカーの手をひいて謁見の間に入った。レオン様が来るのにこの格好で出られるか、と思ったがアクアとフェリシアは娼婦の衣装のことなど知るよしもない。うまい抗議を思いつけぬままついに玉座で待つ主の視界に入る。
「カムイ。見て」
カムイの前に引き出されてジョーカーは飾りサンダルでたたらを踏んだ。
白い布がひらめき、しゃん、と銀の装飾品の無数の垂れ飾りがゆれる。晴れ間のみずみずしい陽が白い紗、白い腕に透きとおるように見え、肩に垂らされた長い髪には本当に光が透きとおった。色彩は翡翠の飾りと赤みがさした頬、瞳のけぶる紫だけだったが、それがささやかな虹のようであった。
アクアが星を映す泉ならば、ジョーカーはさしずめ銀の雨といったところだった。
「……カムイ、さま……」
あらわな腕を自分で抱いてもじもじと隠しながらジョーカーは助けを求めようとした。ちらと顔を盗み見るとカムイはあからさまに見惚れきってぽぅっと頬を染めていた。カムイもアクアと同じように酒場の踊り子など見たことがないはずだが、やはり男にはわかるものなのだろうか。これは抗議も通るかもしれぬとジョーカーは心を奮い立たせた。
「カムイ様、この衣装はさすがに、」
「ジョーカー、きれい。すごくきれい。すごくいい。ありがとうアクア」
「はっ」
「ジョーカーは暗夜人でも白い肌だから透魔の衣装が似合うか心配したのだけど、かえって白に白が合ってよかったわ」
「ジョーカーさん、白くてキレイです。氷みたいです~。さわっていいですか? あっすべすべ」
「やめろ触んな!」
腕をぺしぺしと触ってきたフェリシアを払いのけながら、そういえばカムイの噛み痕爪痕もないしやけに肌が綺麗だ、とふと思う。
「肌が出る衣装だって言うから僕もいろいろしたんだ」
「あら、お手入れ?どんなこと?」
「ないしょ」
アクアと笑い合うカムイの言葉に、ここのところの寝所でのカムイの行動の意味を悟ってジョーカーは一人ではっとした。カムイは平然としているが、この肌に染み込んだ主と同じ香油の香りに気付かれてしまうのではないかとますます落ち着けなくなった。
「お二人とも。お話し中たいへん申し訳ありませんが、この露出はちょっと」
「? ……これくらいの面積の服ならここ最近ふつうじゃない。あ、どこか、隠したい傷が……あるの? それならごめんなさい」
「ジョーカーに今そういう傷はな」
「カムイ様!」
「失礼いたします。レオン様、間もなくこちらに到着なさいます」
扉が少し動いたと思えば一瞬でスズカゼが横に跪いていた。使いとしてレオンと供回りを先導してきたのだ。
スズカゼは顔を上げると皆の格好を見て微笑んだ。
「……おや、カムイ様アクア様、壮麗でいらっしゃいますね。ジョーカーさんも大祭の衣装ですか」
「スズカゼ!な、なんとか言えこれ」
「そうですね、お綺麗です。カムイ様の紺に銀の衣装と対のようですね」
ジョーカーははじめてスズカゼの自分より年上の男であることを頼ったのだが、この男は白夜人なうえアクアとカムイ並に清廉であった。おまけに女を撃墜するいつもの必殺技のごとくすらすらと褒めてくる。レオンらしき足音が遠く聞こえたのでジョーカーはもうだめだとばかりに黙った。
「やあ、兄さ…………」
扉が開かれて顔を上げたレオンはそのまま眉をひそめて固まった。
ジョーカーがおとなしくなったのでアクアは少し微笑んだぐらいにして優雅に定位置へ歩いていったが、レオンの視線はおとなしくなったというより目を伏せてああやってしまったぞという蒼い顔で控えているジョーカーに注がれていた。
「……兄さん……」
「ようこそ、レオン。どうしたの?」
「なんでも。王陛下におかれましてはたいへんご機嫌うるわしく」
深い深いため息をつくレオンをカムイとアクアは不思議そうに見て、ジョーカーはもう半笑いだった。
「なんなの」
「なんでもないってば。ただそういう趣味とは信じたくな……知らなかったってだけで」
「服のこと?趣味じゃなくて祭典用だよ。アクアはとってもきれいだろ。シェンメイ王妃の形見なんだ」
「へえ。アクアはまあ、いいと思うけど。きれいだよ。
姉さんが見たらすごく気に入りそう。兄さんも似合ってるんじゃないかな……見慣れない形式だからよくはわからないけど……」
微妙に顔をジョーカーのほうからそらしてつぶやいているのが声の響きからわかった。
その後レオンは王家からの返信状を渡し、冬に狩りの行事をしないかって話になってね、とタクミの筆跡の企画書を見せたりした。話がいったん終わり、晩餐の前に皆が解散したあとジョーカーはレオンにつかまえられて中庭の木の陰に連れこまれた。
「ジョーカー、おまえ」
「ああっレオン様ご無体な」
「もうヤケだなこいつ。そうじゃなくて、おまえそれは娼婦の服じゃないか。いやらしい。僕はおまえをけっこう評価していたのに。兄さんは何を考えてるんだ」
「やっとわかってくださる方がいて私は嬉しいです……まさしくそれですよ……。でも自分でやると言ってしまいましたしどうしようもなく」
「男娼をか? おまえの仕事は愛人ではない」
「小姓です」
「小姓という歳か。それにどちらにしてもその……似たような話じゃないのか?」
「歳は私もさすがにないと申しましたが。透魔の小姓は生涯を通して王づきの小姓で、それは神官でもあるそうで」
嘘は言っていなかった。レオンは冷淡に見えてかなり潔癖なところがある、彼の言う通り「似たような」ことをしているのだとしても、既に気取られてはいるのかもしれなくても、そのようなそぶりを開き直って表に見せるわけにはいかなかった。
二人はしばし睨み合った。まるでそれは異国から買われて飾られた奴隷とその故郷の王子とが見つめ合っているかのような妖しい情景だったが、裏腹に紫の目は硬くまっすぐだった。
レオンは詰め寄っていた足を少し退いた。
「……わかったよ。僕の早とちりだった。文化は違ってあたりまえだものね。反省すべきなのはわが国の文化の取り入れ方のほうのようだ」
「恐縮です。私もそのように偏見がありましたので、変に恥じていたのがみだらでよくなかったのでしょう。我が王に恥じぬよう堂々としてみせましょう」
「ああ。……兄さんも、喜んでたしね。それが何よりだよ」
レオンはぼそりとつぶやいた。ジョーカーは何もかも悟られたのかもしれないとも思ったが、レオンの顔は呆れたような、ほっとしたような、またほんの少し憧れるような、少なくとも不穏な表情ではなかった。
「おまえはわきまえた男だ。兄さんには必要な人材だ。これからも兄さんを支えてやってくれ。何かあったら言うがいい」
「無論です。……ではさっそくのねだり事で恐縮なのですが、カムイ様アクア様に衣装がもう少しなんとかこう、なんとかならないものかおっしゃっていただけないでしょうか?」
「……善処しよう」
結局、衣装はレオンがどう言ってくれたのか少しだけなんとかなった。二の腕から指輪にかけての細い袖がつき、首飾りをつける前にあらわだった背中も覆う詰襟一枚も追加された。そうすると妖しい連想よりもジョーカーの締まった体の線の男性的な美しさのほうが際立つようになり、それもまたカムイは喜んだ。襟のせいか本当に暗夜の司祭服を思わせた。
いろいろと付け足しを考えてくれたアクアに礼を言おうと、ジョーカーはアクアの好きな果実の菓子を焼いて書庫に茶を運んでいった。書庫に入ると、やはり今朝も朝食後すぐここへ来たようだ、アクアの長い水色の髪が三つ編みにされたものが書棚の間から見えた。
「アクア様」
「きゃっ!」
声をかけるとアクアは悲鳴を上げて、立って読んでいたのだろう重そうな本をばさばさと取り落とした。あわてて机に盆を置いて駆け寄ると本に損傷がないか確かめてあたふたと棚におさめようとしている。
「アクア様、お怪我はありませんか?驚かせて申し訳ありません」
「い、いえ、いいの。あなたは悪くないわ。気にしないで。なに?」
「紅茶と、私などの衣装に手をかけてくださったささやかなお礼に、アクア様のお好きな菓子をお持ちいたしました。召し上がりますか?」
「ええ、はい、ぜひいただくわ」
微妙に先程の本を気にして視線をやったり外したりしている、明らかに動揺した様子に、ジョーカーは詮索する言葉を言わぬまでも怪訝な顔をしてみせた。それで潔いアクアは何をおろおろしているのか話すことにしたのか、机について紅茶を一口飲むと、ふうとため息で呼吸を整えた。
「こそこそするのもなんだか変だから、言うわね。ジョーカーだし」
「カムイ様のこと以外秘密は守れませんが、お聞きする分には」
「秘密……じゃないわ。あれも透魔の文化の重要な教えだった。誰が読んだってかまわないものよ」
「アクア様のご様子はそのようには見えませんでした」
「あれはね……その、夫婦の営みというか……そればかりじゃないのだけど、要は性の教典のようなの」
性、に教典、という耳慣れぬ組み合わせだったが、アクアが嫌悪というわけではなく純粋に気まずそうにやや顔を赤くしているのを見て、ジョーカーはなんとなく本の傾向を悟った。指南書のようなものだろうか、しかしアクアが調べている棚は儀式の典範や国史、神から授かった医学など王家の公の宝として伝えられている豪華本の棚だ。
「あれはちょっと……なんというか私にはまだ早そうだったわ……。どぎまぎしたのはそういうわけ……」
「……アクア様、まさかとは思いますが、この前の私の衣装」
ここに至ってぴんときたのか、アクアはジョーカーの発言の意図を汲んでくれた。
「いえ、あの衣装や神事のことは別にあの本の記述じゃなくて、本当に典礼のものよ。……でもどうやらそういう、あの、扇情的……みたいなことが、そういうことで困っていたのよね? わかってあげられなくてごめんなさい。とにかく、そんな感じのことが、ときに儀礼と分かちがたく結びついているみたいなのよね……」
ジョーカーは顔に出さずにぎくりとして、わかる気がする、といろいろなことがつながるような思いがした。
アクアは戸惑っているし、暗夜の者も大抵は戸惑うだろう、神聖と淫猥が重なるなど。だがジョーカーが主を神として自らを捧げ深く交わるのは、まさに法悦の儀式でもあった。
「白夜にもそういう習わしの神事があると聞いたことがあるし、そういうこともあるわよね。大丈夫。でもちょっと保留だわ」
保留、ともう一度言ってアクアは件の性典を途中までまとめてしまったらしい書類をひとまとめにどけた。その横には今回の大祭についての資料が積まれている。ずっと帰ることができなかった故郷を取り戻したとはいえ、虚無的なところのあったアクアが、本当に熱心なことだ。まるで俺がカムイ様にどこまでもお仕えしたいという望みを持ったときのようだ、と、ジョーカーは興味がわいた。
「アクア様は、なぜ透魔の文化の復興にそんなに熱心でいらっしゃるのですか?王族のつとめだからでしょうか。それともお母上を懐かしんで?」
「それも、もちろんあるわ。でも……」
一度言葉を続けようとして、アクアは長い話になりそうだからいいわ、という顔で口を閉じた。自分を口下手だと思っているアクアはよくこの仕草をする。それを受けてジョーカーは聞きたいです、という意味をこめて少し首を傾げて微笑んでみせた。琥珀色の目はしばらくジョーカーを見つめ、やがて、そうね、とつぶやいて話しはじめた。
この国は竜とともにあったの。それは知っているわよね。
今はこのとおり滅びてしまったけれども、知恵の竜が授けてくれたことをもとにしたすぐれた文明と、豊かな竜脈の力で、この国は小さな楽園だった。白夜の王族も暗夜の王族も、この国を宝石のように愛したそうよ。白夜暗夜の神祖竜は既に生きてはいないけれど、透魔竜はずっとこの国を守っていた。だから、大きな争いが起きないように調停することもできた。
竜は国や民を愛し守ったけれど、たまに暴走することもあった。それは、竜の神としての宿命で、すっかり消せるものではないわ。そうして、人と竜は互いの違いを憎み恨みあうようになった。それで、恐れられるほどに、転げ落ちるように狂って、ああなってしまった。そして私のお父様を……。
竜は偉大だから、人の心がわからなくて怖かったのかもしれないわね。守って導いてやるべきだと思っていたけれど、ともに生きて変わっていこうとは思えなかったのかも。自分が狂っていく運命を、人間にどうにかできるはずはないと、そんなことを任せることはできないと、思ったのね。確かにそれは優しさかもしれないわ。人は竜を恐れるもの……。
私はお母さまから歌を教わった。
私の特別な歌は、竜が狂ってしまったときにその獣の衝動と力を弱めるものだというわ。当の竜がそれを作ったのよ。それでご先祖様は何度か竜を正気に戻したのですって。カムイに、その通りにすることができた。そのとき思ったわ。お母様は、お父様を殺されても、国を追われても、ハイドラを、心の底からどうにもならない運命として憎んで諦めてはいなかったんじゃないかって。
どんなに自分と違ってわからないものでも、歌いかけることができると思って、私に歌を教えてくれたんじゃないかって。
「……この国に伝わっているものを調べるのは、そういうことが、そういう何かが他にもあるんじゃないかと思うからよ。人と竜はいっしょに生きていこうとして、努力していたんじゃないかって」
アクアは久し振りに長々と喋ったのが大儀だったのか、大きく息をついた。きらきらとした視線の先には、波のように連なる書棚がある。ジョーカーもそれらの中に遙かなものが見える気がした。遙かな時の中の、竜と人の姿が。
アクアはジョーカーのほうを向いて微笑んだ。
「私たちのカムイに、幸せでいてほしいのよ」
「私もそう思います」
即座に同意したジョーカーのほうが自分よりよほど真剣な様子なので、アクアはくすりと笑った。
それからジョーカーはアクアのいないときを見て、何度か例の性典をひもといてみた。
本当にアクアの言った言い回しの通り、それは単なる性技の指南書というものではなく、おおらかでありながらも神聖な雰囲気のものだった。ぜひ参考にしようという技巧ももちろんたくさん仕入れたが、何より、よい性交は互いの魔力を高め合い神域に近付くことだというような記述が全体にあった。カムイが閨でも不思議といやらしい感じにならず、魂が燃えるような忘我に連れて行ってくれるのは、この国と縁深いせいもあるのだろうか、とジョーカーは思った。
内容は男女の仲にとどまらず、女同士も男同士も複数人もとどこまでも網羅しており、後の方には図解つきで獣姦まであった。
「く……、や、やばいな客観的に見ると……」
いつも俺はどんな感じなんだ、とくらくらきながらも薄目でめくり進めると、ジョーカーはその挑発的なくだりに竜という言葉をみつけた。あわててしっかり読むとなんと竜に寵愛され交わるヒトもあったというのだ。神話のようなはっきりしない短い記述だったが、どきどきとした。もしかしたら、それは竜の血が濃かった初期の王族に仕えた小姓のことであったかもしれない。そのヒトがそれからどうなったのかはわからない。けれど。
「……とりあえずアクア様はここまで読んでないよな。……読んでないでくれ……」
あらかた竜に関する記述が他にないか探してから、ジョーカーは本を棚に戻した。おまえはこの世の禁忌ではない、そう言われたようで少しだけ目が潤んだ。
雨の季節の終わり、光の大祭は白夜暗夜の王族を招いて滞りなく行われた。
そこここに盛られた色鮮やかな花々を見て妹姫たちは実りの豊かさについて語り合い、カミラはなかば無理矢理大理石の浴槽に突っ込んだヒノカに紅白の花の雨を降らせたらしい。マークスは城や神殿といわず城下にもかつては巡らされていたらしい豊かな噴水設備に感嘆し、アクアに復興の協力は惜しまないことを伝えている。カムイは儀式の祝句が荘厳によく通る声だったと褒めるリョウマにつかまっていた。
一方ジョーカーは、衣装をなんとかするのに尽力してくれたレオンと連れ立ったタクミに眺めまわされていた。
「ふうん。なんだ、わりと格好いいじゃないか。レオン王子が珍しく言いづらそうにするからどんなひどいことになってるのかと思ったのに」
正装のタクミはがっかりしたふうに言った。素直に褒めればいいものを、だいぶ聡明で大人な王子になったらしいと聞いていたが久々に会ったジョーカーになんとなく甘えた気持ちになっているらしい。当然前と同じように私に甘えていいのはカムイ様だけですよとばかりに笑顔ではねつけてやる。
「ふ、私の醜態を笑いにいらっしゃったということですね。今夜タクミ王子の布団の中にカエルがいるかもしれませんよ、最近多いですし」
「な、そ、そこまでは言ってないだろう!」
「でも本当にそれなりにまとまってよかったね。タクミ王子、本当だよ、最初は驚いたんだから。今も、僕らには見ようによってはそう見えるけども……」
「正直に申し上げますと、私もまだ少し恥ずかしいです」
「そうなのか?白夜では特に男は肌を見せることに問題はないし、知らなきゃ何も思わないけど……。ただそれは、この国の意匠に白夜と暗夜と、どれも入っているみたいだな。いいじゃないか。カムイ兄さんみたいだね」
今度はタクミは素直にジョーカーの目を見てにこりと笑った。タクミは軽さを出した孔雀緑の袍に、暗夜風にも見える銀刺繍の入った平緒を垂らしている。レオンのマントの飾りにも、白夜の鼈甲彫りでできた精緻な花が留められている。
「タクミ王子もこの帯、暗夜の意匠だよね。オボロ? もう技を盗まれてしまったのか」
「オボロは相変わらず趣味がよろしいですね。私もカムイ様のために白夜の服飾も学びましょうか」
「ああ、レオン王子のとこの、ゼロからたまに暗夜の美術品の話を聞くんだって、ここのところよく暗夜の装飾のことを話してくれるよ。勉強になる。それでね、レオン王子、僕の知識が間違ってたら悪いんだけど」
「ん?」
「ベルトのバックル? だっけ? 上下逆じゃない?」
「……わーっもう」
レオンはベルトの細工を見ると神殿の脇の垂れ布の影に走っていってしまった。タクミは少し笑って、あんたの食事楽しみにして来たよ、とジョーカーに言って中庭の植物を見に行った。ジョーカーはその銀の帯と、皆の祖国風の服装の中にちらりと光るそれぞれの他国の色を目を細めて見た。カムイ様みたいだ。皆異国の子カムイを愛している。俺の光を。

※コメントは最大500文字、3回まで送信できます