【R-18】イランイランの季節 - 5/5

つかの間賑わった祭の夜が終わり、きょうだいたちがそれぞれの国へ帰っていくとカムイだけが緑の丘にぽつんと残された。こちらでは新年だということで、アクアはヒノカの天馬と並走しながらなじみ深い白夜へ、フェリシアはマークスの一行に途中まで同行して氷の一族の里へ、はじめての里帰りの休暇をとった。スズカゼも今度はコウガへ書状を持っていってしまった。向こうで、サイゾウと落ち合うのだという。

姉と従姉の天馬の翼が見えなくなってもずっと空をみつめている背中は、草に覆われた廃墟の中で世界にたった一人残ったようにせつない逆光だった。

「カムイ様、雨が来ます。戻られませんと」

「ジョーカー」

「はい」

「手をつないで」

「はい」

ジョーカーはためらわず手をとった。カムイは子供のようにえへへと笑った。手をつないだまま、丘を下り人の気配のない城下の石畳を踏んでふたりで帰った。

 

城内の飾りつけの片付け指示を終わらせ、しおれた花をとりかえて、湯上りのジョーカーは花を糸でつないでいた。新しく手ずから摘んできた白と深い赤、香りのする小さい黄の花に針を通し、ちょうどこの国の鳥たちが恋の季節に鮮やかな羽毛を立てているのを隙間なく並べたようにもこもこに飾る。儀式で花の首飾りをさげていたカムイが、ジョーカーの作ったのがほしい、と言ったのだ。豪奢な飾りをものすごい速さで編み上げたジョーカーは満足げに持ち上げて眺めた。そして薄着の上に大
判のマントを巻きつけると、花輪を胸にかかえて無人の廊下を走っていった。

カムイはまだ片付けていない神殿で待っているはずだ。睡蓮の水槽のへりにでも腰かけ、花の中でオイルランプの光に照らされた少年王はさぞ美しいだろう。

大祭では皆のための光、これから先はきっと民のための太陽の役目を演じていく主が、今このときは自分一人を待ってそこで輝いているのだと思うと、気が急いた。

逢瀬だ、とジョーカーは思った。

「……逢瀬だ……、
カムイ様と、逢瀬!」

小さく、しかし誰もいないのをいいことに声に出して、ジョーカーは花輪にぽふりと顔をうずめた。神殿の扉を開けるのが怖いほど、主に会いたくて爆発しそうだった。

階下の者たちはいるとはいえ、私室の外でこんなふうに二人きりに待ち合わせるのははじめてだ。

「カムイ様」

「入って、ジョーカー」

浮いたような声をかけて中に入り、扉に鍵をかけて振り返ると、やはりカムイはたいそう美しく魅惑的な様子でそこにいた。足首と手首を飾る金の輪がほのかな灯の明かりを反射し、神殿の中に巡らされている水路で遊んでいたのか裸足の足先が濡れて光っている。立ち上がると透けた飾り布がゆれた。

儀式の最中には埋もれるように無数の花の首飾りをかけていた肩は、今はすっきりと一本だけの輪に飾られている。見覚えのない組み合わせの輪だ。白に、さまざまな濃さの紫の五弁の花が散らされているのをみとめて、ジョーカーはそれが主が自分のために作ってくれたものらしいとぴんと気付いた。

「ああ……」

「ジョーカー」

ぐらりと膝が崩れそうになるジョーカーをカムイは駆け寄って抱きとめた。恍惚の中に白と紫の花輪から芳香が流れる。濃さの違う紫の花は、ひとつの株で咲き始めの濃紫から咲き終わりの純白までとりどりに変わる甘い香の透魔の花で、ジョーカーの色、と言ってカムイが愛好しているものだ。そう思い出すだけで気が遠くなりそうだった。

「ジョーカー、疲れたのか? 仕事も多かったのに呼び出してごめんね」

「いえ……いえ、カムイ様が、あんまり素敵で、私を見てくださるので、感動して」

「? 見てるよ。昨日も、ジョーカーはきれいで格好良かったね」

手を取られて祭壇のほうへゆるい階段を上る。白い大きな布で覆われた祭壇にはカムイの花輪に使ったのと同じ黄色い小花が散らされ芳香を放っている。周りにはまだ生気のある花首が盛られた盆。壁際からは水が流れる小さな音がする。

祭壇の前でカムイが足を止めると、ジョーカーは少し離れて体を覆っていたマントに手をかけた。目を合わせて少しだけ恥じらうように眉を寄せる。ふつ、と外してゆっくり床に落とすと、夜に輝くような白銀があらわれた。手を加える前の最初の衣装をジョーカーはまとっていた。神のための儀式が終わってから正式な形を身につけるのは罰当たりなのかもしれないが、ジョーカーにとっては今こそが神への奉仕の本番だ。

カムイはぽうっと見惚れ、近付いて自分のかけていた花輪とキスを贈った。ジョーカーも持ってきた花輪をカムイにかけ、交換してまたキスをする。儀式めいていて、自分は知らないが何かの作法なのかもしれない、とジョーカーはどきどきとする。

「ジョーカー、きれい。とっても」

キスの合間にカムイはジョーカーの姿を眺めてうっとりと言う。舌を絡み合わせながら太腿に熱いものが押し当てられても、神殿だというのに不自然さは感じなかった。そういえば、この花々だって、植物の生殖器官が神聖に美しいことには変わりはないのだ。そういうことなのだろう。

気持ちよさのあまりお互いに支え立っていられなくなってきて、ジョーカーはいったん体を離した。下穿きをはらい、祭壇に座るよう導き、あぐらをかいてもらった脚の上に跨る。性典で、ことに互いの魔力を練り高め合うと重視されていた体位だった。はじめての体位にカムイは目を開いて興味を示す。

「あっ……ぅ」

横から簡単に手が入る白い衣の中に、カムイは指を這わせ顔をもぐりこませて両の乳首をいじくる。はぁはぁと熱い呼吸が肌にかかり、自分を見、自分に触れて主がとても興奮している事実にたまらなくなる。

「はぁ、あっ、あっ、カムイ様っ」

「ジョーカー、立ってる。すごい……」

「あ、当たり前です。カムイ様だってこんなにしていらっしゃいます」

胸から顔を離すと、下腹で思いきり持ち上げられている白絹をカムイはまじまじと見つめた。その間近でカムイも熱く硬くなっているのがわかる。

「当たり前なの? 僕は、いつもよりどきどきしてる」

素直で純朴なカムイの言葉。

ジョーカーは顔を歪めてカムイの頭を抱きこんだ。制御していた気持ちがはしたなくあふれてきて止まらなくなる。そこに受け皿がある。もう我慢しなくていいのだ。

「当たり前、じゃ、ありません。申し訳ありません、抱いていただけるのが待ち遠しくて、走って参りました。
ここ最近ずっと、カムイ様にめちゃくちゃにしていただきたくて……祭礼のためとはわかっておりましたが、……ほ、欲しくて……欲しくて……」

胸を優しく刺激されてびくびくと震えながら、それでももどかしくジョーカーはカムイの陰茎を白布をめくった自分のものと握りあわせる。早く入れたそうにしているのを察してカムイがいいよと囁くと即座に腰を浮かせた。

「カムイ様、っ、」

「僕も欲しかった。たくさんしていい? うまく我慢できない、かもしれない」
「は……、はい、たくさんください……! ああ、ああ、なん、てっ……!」

うっとりと腰を落とし、カムイを呑み込んでいく。すべて収まると体が密着し、嬉しくてそれだけで絶頂しそうになる。しばらく深くくわえこんだままぶるぶると動けずにいるジョーカーの背中をカムイはきつく抱きしめる。

「ああ……ああっ……、カムイさま……カムイ様が……。ああ、い、い……嬉しい……しあわせです……」

「あ、はぁ、ジョーカーの中、きもちいい……。あったかい、ひくひくしてる……せなか、すべすべ。白くて……
……は、はじめて、するみたい。ジョーカー、なんていうの?そういうのって」

自分の爪痕も噛み痕も薄れた真白いジョーカーの体に、カムイはかぶりつきながら一生懸命に尋ねてきた。そういうの、とは、初めて交わるときのことを言っているらしいと感じ取って、ジョーカーまでそんな気持ちになってくる。そうだ、新年の潔斎をしたから、はじめてなのだ。自分はいまはじめてをこの人に捧げているのだ。

「初夜……と……」

「初夜」

「は、い」

「そっか……」

カムイは幸せそうに身をよじった。ゆっくりと、上下運動が始まる。久し振りでひどく刺激される。カムイのものを体内に招き入れて愛しているなど、夢中だったとはいえ、こんなにすごいことを今までもしていたのかと、驚いてしまう。こんな素晴らしくて幸せなことが自分に起こっていいのだろうかとジョーカーは呆然とした。

「ジョーカー、これ、好きっ……」

目を閉じて交わりに没頭していたジョーカーは主の声を受け取ってうっとりと吐息を漏らした。これ、とは体位のことだろう。ジョーカーもとても気に入った。魔力を高め合うものだというが、本当に何かあたたかい力があふれるほどに満ちているのを感じる。当然だ、新しい太陽を、陽の光を授けてもらっているのだから。

「よかった、お気に召して……っ、俺も、好きです……すごい……」

「すき……、だけど………っ」

苦しげな息に快感以外のものが混じっているのを察知してジョーカーははっと動きを留めた。

目を開けると、うす闇の中でカムイは淡く光っていた。魔力が煙のようにたちのぼり角があらわれ、肌にじわりと鱗が浮かんできらきらと輝いている。今にも竜に変化しそうな、神殿を背景にしたその姿は荘厳だった。

「が、我慢、できない。これ、これ……ジョーカー……」

「はい、大丈夫ですよ、カムイ様……!」

ジョーカーは優しく声をかけ迅速に動いた。このままでは竜の姿で交わることができない、体勢を変えようと一度結合部を離そうとしたが、カムイは肩をつかんで止めてきた。

「あ、!カムイ様っ……!」

「いやだ、ジョーカー、離れたくない……!」

「で、でも、あぁ……!」

嬉しい言葉につい力が抜ける。わからないことを言わないでください、と抵抗する間にカムイはあらわれた尻尾で祭壇の横に飾られた花の盆を器用に傾けた。何をしているのだろうと一瞬戸惑ったジョーカーの腰をつかみ、ぐっぷりと深くなる交合に悲鳴をあげている間に転がるように体勢を変える。

「あ、ああー!ひっ、あぅうっ」

深くつながったままの動きに目の前で火花が散る。目を開けたときには仰向けにされていた。石の祭壇の上なのだから背中がつらいことくらい覚悟していたのだが、案外とそんなことはなかった。

「ジョーカー、背中は、痛くない? 大丈夫?」

寝台ほど分厚くはないが少しふわふわとして、甘い香りで――祭壇の上の白布の上に、カムイが周りの花をありったけ流し込んだのだ。カムイの花輪に使ったのと同じ白と黄だった。苦しげに途切れ途切れ話すカムイが、きれい、とつぶやく。ジョーカーは、以前カムイに身を捧げるとき、白い敷布に花でも飾って仰向けになったならばこの神のために心臓をさばき取られる羊か何かのように見えるだろうと思って恍惚としたことを思い出した。

偶然叶ってみるとそれは、同時に新婚の寝室のようでもあった。

「はい、大丈夫……です。大丈夫です……!」

「……もう泣いてる。ごめんね、ジョーカー、これから、痛い、と、思うっ……」

かまいません、くださいませ、と叫ぶように言うと体の上でカムイは竜に変わった。

「くっ……! う、くああぁっ……!」

体の中で人にはありえない勢いで熱が膨張する。どんどん圧し拡げられていく感覚が、体を作り替えられていくようで嬉しい。主だけのものにされていく。吠え声とともに爪で肩を掴まれた。皆の目にさらすために磨いた体を、誰の前にも出せないほど、主のためだけに、めちゃくちゃにしてほしかった。

『ジョーカー……ジョーカーっ……!』

「はああ! あっ、あっぐ、カムイ様ぁ! もっと、もっと爪を、牙っ、あぁっ、あー! ぜ、全部、俺を全部食べてくださっ……、あっああぁ!」

激しく揺さぶられながらジョーカーは、とりとめない夢想を口にする。カムイはそれに応えて爪を喰い込ませ、獅子が獲物の体を弄ぶように肩口に牙を立てる。結合部から仙骨、花の上へ、花嫁の破瓜のように血がつたう。

『ジョーカー……ああっ……! あっ、あっ、あつ、い、ジョーカー、きもちいい、』

「はいっ! ああっ、気持ちいいです、あ、あっはっ、くる……! きて、ます、ああー! まだ、まだいって、ああっぐ……!」

絶頂感がおさまる前にさらにがつがつと刺激され、何重にもなって途切れない強い快感をなだめるようにジョーカーは下腹を押さえた。突かれるたび揺れる陰茎から漏れる体液で絹がしとどに濡れる。カムイも一度精を吐き出したがうまく外に出しそこね、中も周りもどろどろになっている。

『どうしようっ……、どうしよう、止まらない、怖い、お、おかしくなっちゃう……! ジョーカー、ジョーカーを』

「おそばに、おそばにいます、大丈夫です……っ!」

涙と涎でぐちゃぐちゃになりながらジョーカーはカムイの腕を必死に撫でた。懸命に伸ばしても竜の体をぬくもりで包んだりはできない、ちっぽけな手だ。ちっぽけだ、ということを嘆いて自らを憐れむ暇もなく、ただ一心に慰めようとして疑わない、愚かで一途なヒトの手だった。

『ジョー、カー』

激しい抽挿で翻弄しながら、竜は捕らえた小さき獲物の名を呼んだ。僕のジョーカー、と、たよりなげに泣くのだ。誰も知りもしないだろう。太陽が自分自身を、愛するものたちを焼き尽くしてしまうことを恐れて泣くことを。

ジョーカーは熱と光にすべてを委ねた。怖くありません、と途切れ途切れに言った声は主に届いただろうか。

『ウ、あ、――――ッ!』

「ひぅ、あっ、……! くぅ……う……!」

竜の吠え声、腰の奥の熱さ。爪が喰い込む痛み。偉大で寂しく愛しい命のかたち。

 

ジョーカーは忘我のあわいに短い夢を見た。花の野にカムイと似た竜が何頭も寄り添い合って遊んでいる。自分は人なのか、もしかしたら竜の一頭なのか、とにかくカムイが楽しげに同朋とたわむれているのを見ている。

向こうからカムイが駆けてくる。花飾りをさげた頚をこすりつけて甘えられて、ずっと一緒ですと言う――。

 

事後の祭壇はつぶれた花やもろもろの体液で大変なことになっていたが、ジョーカーは無造作に白い花を手巾代わりに体をぬぐい、汚れた花をこんもりと抱えて敷布一枚の中に縛ってまとめた。もはや銀の装飾品と布がまとわりついているのかいないのか程度になっている祭礼の衣装も脱ぎ、カムイが脱ぎ捨てたものと一緒にしてまた別の敷布にぽいぽいと入れる。それを終えると、竜の姿のままのカムイにくったりと裸の体を預けて座り込んだ。

『いいの?』

「大丈夫です。私が洗うのですから。すべて来年も使えますとも。もちろんカムイ様にはお好みのものを新調いたしますし」

『大祭は、どうだった? 新年ってかんじはする?』

ジョーカーはうなずいた。ぴったりと体で触れたカムイの銀の鱗からは常よりもさらに生気にあふれたあたたかさが放散されている。新しい年に天地の力を取り込み、まっさらなところから歩みを刻む、ジョーカーにとってはそれは昨日の祭礼よりも、たった今カムイに新雪を踏むがごとく抱きそめてもらえたことなのだが、カムイとアクアが作った清浄な新年の空気は十分に感じ取れた。

「とてもご立派でした。いずれ民が大祭のカムイ様のお姿を見ることになれば、皆年が改まり新しい太陽があらわれたことにおごそかに感じ入るでしょう」

『ジョーカーは?』

カムイは暗夜での時期とは違う年の変わり目にジョーカーが実感を持てているか心配しているようだった。微笑ましくてジョーカーは目尻を下げた。年が替わった実感などと、月日に感傷をもったことはない。主を仰いでいられるならそれだけで奇跡だ。ここがどこで自分が何者で、いつであっても同じこと。

「カムイ様が俺の光です。太陽です。それが、俺のところまで、こうして、いつも降りてきてくださる。俺には毎日が大祭です」

『……ジョーカーのいるところが、僕のいるところだよ』

首を傾げ、きょとんとした声でカムイは言った。

『そうだろ? 僕が行くところに、ジョーカーは行くんだろう? どうして本当は離れてるみたいに言うの。どんなに変わったって、ずっと、いつも一緒だよ。地獄までも、だろう? 僕はすっかり信じてるんだから』

少しの間ジョーカーは主の言葉を反芻して呆然とした。

なんという信頼だろう。きっとこの主は、もし自分が裏切るようなことをしてもこうしてきょとんとして、同じように名を呼んで腕を広げるのだろう。もし抱きしめた手にナイフが握られていても、同じことを言うのだろう。

たまらなくなって長い頚に思いきり抱きついた。

「はい。……はい、一緒です」

『これからもよろしくね』

感極まるジョーカーにカムイはのほほんと答えた。その穏やかな愛らしさにどんな苦しみが隠れているか、素朴な言葉にどんなに壮烈な信が含まれているか、知っている。それがただ人の身、ひとつの心には収まりきらない、神にしか扱えぬ怖ろしいものであっても、そうであるならばなおさら、どこまでも添おうと思った。

「誓います」

つぶやいたジョーカーに何をなのかは聞かず、うん、とだけ機嫌よい声で返事をしてカムイは嬉しげに高く長く吠えた。月の夜空に長鳴きは響き、やがて小さな子守唄が、いつも、人知れず夜に流れていった。

同軸作品

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