【R-18】ヒイラギの季節 - 4/4

馬のいななく声が聞こえたような気がした。

肌寒さにカムイが目を醒ますと、ちょうどジョーカーが部屋の外から戻ってくるところだった。暗くてよく見えないが、おそらく薪を暖炉にくべて蝋燭の火を移らせる。

「カムイ様、どうぞ、寝台でお休みください。外は雪ですよ……」

ジョーカーはふんわりとカムイを抱き起こし、寝台に連れて行った。腕が冷たい。いつの間にか暖炉の前で毛布にくるまって眠っていたらしかった。

「ジョーカー、さむい……」

「申し訳ありません、薪が少し足りませんね。いま……」

「ジョーカー」

カムイは手を伸ばしてジョーカーの鬱血痕もあらわな首筋に触れた。

「あっためて」

「……かしこまりました」

ジョーカーは主の手を両手で受け取って、頬とで挟んで温め微笑んだ。

毛布の中で二人はぴったりと絡み合った。

ジョーカーはうっとりと笑って、二人きりですね、幸せです、と何度か言った。ゆっくりと長い時間そうしていた。

二人の体は熱く、空気の冷たさがそれを合わさった内側に閉じ込めてくれるようだった。

 

「さて、休んでばかりいないでそろそろ視察の続きに行かないとね」

これまた綺麗に準備された朝食をとり、紅茶を飲みながらカムイは言った。ジョーカーは残念そうな顔をした。

「そうおっしゃらずに。雪降りなのですから、もう少し休まれてください。私だけのカムイ様をもっと満喫したいのです……。お嫌ですか?」

屋内に閉じこもって二人で時間をつぶすような昨夜は、体を重ねたこと以外は北の城塞に戻ったようで懐かしい気持ちのするものだった。珍しく甘えた声のジョーカーは座ったカムイに後ろから腕を絡めた。カムイは苦笑するような溜息をひとつついた。

「まって。ちょっと用足しに行ってくるね……。そうしたら」

仕方ないなあと笑ったカムイは、腕をほどいたが、最後にはちみつのように甘い目線を送っていった。

カムイが部屋に戻って一瞬執事の姿を探すと、銀髪は寝台に広がっていた。ジョーカー、と声をかけて近付くと、毛布の中から腕が甘く絡んだ。

「おかえりなさいませ」

ジョーカーの雪の肌の体はすでに裸だった。カムイはしばらく立ったまま、絡みつかれるにまかせていた。

「カムイ様?……早く、抱い」

ひっ、とジョーカーは跳ねて言葉を止めた。カムイの指は氷のように冷たく濡れていた。けれども何も抗議せず、またいっそう強く抱きしめた。

ジョーカーは冷たい頬の皮膚に頬を寄せて温めた。

「カムイ様……カムイ様……寒かったですね……。私が温めてさしあげます……」

「ジョーカー、やっぱりカードをしない?」

「意地悪をおっしゃらないでください……、もう、燃えるようなのです。したくてたまりません。さあ早く」

「じゃあ、裸にあのコートを羽織って見せてよ。どんなにきれいだろう」

ジョーカーは誘う言葉を止めた。カムイは静かに言った。

「外に、出られないんだね」

ジョーカーは腕をほどいた。そしてカムイの腕を撫でながら両手をとると、合わせて息を吹きかけ、熱い唇を押し当てた。そのままでちらと上目遣いに主を見た。

「そうです」

外は、今頃吹雪だろう。しかしまあ今となってはほとんど関係がない。小さな館は隅から隅まで重い雪の壁に取り囲まれ、戸を動かすことさえ困難だ。カムイは内開きの、勝手口らしき扉でも開けて外とも言えぬ外を見てきたのだろう、手が雪に濡れてさぞ寒かっただろうに、とジョーカーは自分の何度かの試行を思って心配した。

「コートは」

「燃やしました。たった今上着もね。他の部屋のカーテンも椅子も机もカードももうくべてしまったのです。でもまだありますよ、シャツも下着も。もう脱いでありますしね」

「ジョー、カー」

「あなたは竜のお姿になれば、たとえ竜脈をさらに刺激してどうなろうとも、天候やこの館を閉ざす氷雪など問題にならないのを俺は知っています。
……お一人ならばね。俺の体はこの館がなければ、まあ当然無理でしょう。あなたがここで足止めを喰らってるのは俺がいるからだ。だから……」

ゆるくしゃべりながら唇を当ててあたためていた指を離し、ジョーカーはカムイを寝台に引き込んだ。

「最後まであなたを温めます」

そして二人はぎゅっと強く抱きしめ合った。

息が上がっていた。体温を分け合って高め合っているだけで、それだけで溶けてしまいそうだった。

「はぁ、はぁっ……カムイ様っ……」

「……はぁ……はぅ……ジョーカー……」

「はい、はいっ、おそばに。ずっとおそばにおります。永遠に」

カムイの服の中に腕をさし入れて裸の肌と肌の触れ合いを求める。まるでそこにあるのが当然というように、カムイの熱く猛る分身はジョーカーの中におさまった。

後ろを慣らすために使っている膏薬は香油が入っているから少量だがよく燃えるだろう、でもそれは自分が精根尽きて動けなくなった最後にしようと思っていた。ダイヤモンドがあったらそれより先に燃やしただろう。毛皮も宝石も何も、愛しい人と繋がるための潤滑油に及ぶべくもない。

胸の前を開けて肌をこすり合わせるとしっとりと汗ばみ、そこから溶け合ってひとつにまざりあえるような気がしてすぐにジョーカーは駆け上がった。信じられないほど敏感になっていた。

「ああ、ああ、いい、カムイ様、カムイ様っ、あああ! あー! だ、だめです、いっ、待って……待ってください……」

「はっ、はっ、どうして、ジョーカーっ、」

「も……もったいない……。出したら、熱が逃げてしまうっ……」

涙までもこらえるジョーカーを見て、カムイは震える指をそこに伸ばした。

「は! く、くぅああああ……!」

ジョーカーは再び激しく揺さぶられ叫んだ。涙は散ってしまったが、弾けそうな陰茎の根元はきつく戒められた。びくびくと震えて必死で首にしがみつくと、肩にくちづけの雨が降った。

「ジョーカー、ジョーカー」

「あっ、ああっ、ああぅっ。カムイ様、カムイ様、俺のカムイ様っ、いく、いく、このまま、はっ、このままいきますっ、ああ……っ! ふ、い、くウゥッ……!」

「あ、ああー……!」

唸るような声だけで、何も出さずに痙攣するジョーカーの中に、カムイは精を放った。ジョーカーは目を閉じたまま、孕んだとでもいうように自分の下腹や骨盤を愛しげに撫でた。

「なか……、なか……、カムイ様の……、ああっ……」

「はっ……、はっ……、ジョーカーっ……」

「も、いっかい、です。このまま……このまま……抜かないで……」

「だめだよ……ジョーカーの、体が……」

「いいんです、いい、カムイ様、お優しい、すき……、かたい、熱いです……。大好き……大好きっ……」

「ッ……!」

泣きながら笑いながら、シーツの中で何度も何度もぐちゃぐちゃに抱き合った。

その上に雪は降り積もった。

ジョーカーは目の前の愛しい人にしがみつきながら、このまま屋根と壁が雪の重みに耐えられなくなって落ちてきて、繫がったまま二人して潰れて死ぬ夢想をした。

そして安らいだ笑みを浮かべた。そんなことはありえない。もしそうなったらカムイは竜の姿になって身を守ることができる。よかった、と思った。

 

目を開けるとカムイが寝台から降りて服を着ていた。

いつの間にか意識を失っていたけだるさで体が動かず、弱い声でカムイ様、と呼びかける。背中はびくりと驚いて、そして気まずいような、不機嫌にすねているような顔が振り返った。自棄になるなと真剣に諭されるかもしれないとは思っていたのだが、向けられる覚えのない表情にジョーカーは緩慢に戸惑った。

「……えっと、どうされました……」

「……ジョーカーのばかー!」

カムイは顔を赤くして怒鳴ると、留めきっていないボタンをそのままに走り出して部屋の何もないところで止まった。何事かとなんとか上体を起こして見守る。何もない石の床を見つめたカムイは、胸の前で手をあたためるようにゆっくり息を吹きかけ、その手を――天に向かってさし上げた。

そして雪はみるまに弱まり、冗談のようにどんどこと溶けた。

 

「なんで! なんで僕に相談しないの! それはもちろんこんなすごいことになってたのに気付かないで、わー雪だーみたいにのほほんとしてた僕が悪いんだけど! ごめんなさい! ジョーカーはなんでも一人でやろうとするんだから!」

「申し訳……ございません……本当に申し訳ございません……」

ジョーカーは裸のまま寝台の上でうなだれてひたすら恥じ入り謝っていた。カムイは泣きながらジョーカーの腿をぺしぺし叩いてわめいている。大変に情けない図に晴れ間の光がきらきらとさしている。

結論から言えば、カムイが炎の竜脈を使い屋外に壁なしていた雪を解かし、脱出する障害が消えたのだった。

氷の竜脈と炎の竜脈がどちらともある土地なのだと、カムイには見えてもジョーカーは知らない。氷の竜脈の効果が予想以上に強まり遭難状態だと、ジョーカーが隠すのでカムイは気付かない。そして誤解と妙な雰囲気に二人で呑まれ狂ったように抱き合ってしまった。

カムイは腿をはたく手を止め、ジョーカーの肩に顔をうずめ涙を落とした。

「……そんな、かんたんに死んだらいやだ」

「申し訳ございません……」

「ジョーカーは、僕に尽くして、命を使うのがうれしいかもしれないけど、そこはかんばって。かっこわるくてもがんばってよ。あきらめないでよ」

「はい」

燃やしてしまった外套と上着の代わりにカムイの青狐を羽織らされて、ジョーカーは愛する人と手をつないで外へ出た。

雪は壁のようでなくなったとはいえいまだ積もり固まっていたが、その間で日光にゆれ輝いているのは小さな川だった。

「……これは、雪解け水ということですか」

「そうだね。たぶん、ここはそういう山なんだよ。たくさん竜脈があるよ。きっとこの国が朽ちる前は、豊かで大事な山だったんだ。わからないものだね。まだ行ってみなきゃいけないところがたくさんだ」

カムイはちゃっかり戻ってきて小川の水を飲んでいるアクアの天馬に声をかけ、つないでいないほうの手を振ってみせた。晴れた高く遠い景色に、どこかもっと高いところから流れてきた雪の花がひらひらと舞っている。

「……お供します。がんばって、どこまでも」

ジョーカーは自分より小柄な主の肩に、腕を抱くようにして寄りかかった。カムイは嬉しそうに頬ずりを返した。

 

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