「予約ゥ……?」
「は、はい。いえ、気に入らないのならもちろんお断りしますけど……」
オランピアの見たこともない不細工な嫌がり顔に怯えた従業員は予約台帳を引っ込めた。そこには見慣れた馬鹿の字が書かれていた。それも、前回は一応殊勝に微妙な偽名を使っていたらしいのに今回は思いきり本名だ。
その名の主は明日からまた討伐遠征に出かけることになっている。予約はホメロスの立てた進軍計画の帰城の予定の次の日だ。確かにグレイグの率いていく軍の状態を考えてホメロスの立てた進軍計画が遅れたことはここのところ全くないが、予定にはもう少し余裕を持つべきだろうとホメロスはまず軍師として思った。
それにしても溜まっているものを抜いてもらうつもりならば、確実に相手をしてもらえる女のところを予約しろよ、それとも好みの女に袖にされるのが好きでしょうがないのか、と幼馴染の未知の嗜好に首を傾げながら、ホメロスはまあいいかという気分になった。グレイグの力を我がものにしようと狙うのは癪だし嫌なことだとわかったが、おちょくって真っ赤に興奮させ勃起を誘ってやるのは思えばとても楽しかった。おまけにあの情けない仔犬の顔ときたら。
オランピアは機嫌のよい顔をつくってうなずいた。
「いいですよ、そのままお受けして。将軍はどんなご様子でしたの?」
「しょうぐ……、ぶっ、……ハイ、『将軍』ですね。前に来られたときと違って是非に是非にという真剣なご様子で、特にこの間のことを悪く思っているということはなさそうでしたよ。断られるかもしれませんとお伝えしたのに前金で払っていかれましたし」
グレイグの真意ははっきりとわからないながらも、台帳の字を見てホメロスはいい気分になった。この間だってグレイグは花束を持って自分の足で来たのだったが、今回こそは実際にオランピアを見て、そして自分から望んで熱烈に予約して遠征に旅立っていくのだ。秘密保持の徹底したクラブだが、予約の日が済んだらあの馬鹿の字が書かれた台帳のページをもらえないか頼んでみよう、と思った。
(今頃旅の空で、俺を訪ねることを楽しみにして悶々としているのだろうか?)
ランプのうす暗い灯りに照らされた、たくましい客の体の上で腰を振りながら、ホメロスはグレイグの野営の天幕を幻視する。どうだ、羨ましいか、グレイグ。目の前の体よりもずっと力強い胸が荒い息に上下し、やわらかな肉に呑み込まれるのを夢みて自慰をするさまを想像して、ホメロスは興奮して喘ぎ声の中で勝利の高笑いをあげた。それから数日の仕事はグレイグに指をくわえて見られているように感じ、優越感の味に高まって仕方がなかった。
グレイグの予定通りの帰城の日、ホメロスは先行してきた兵から今回も無傷無敗の帰還であることを聞いた。
しっかりと職務をまっとうし、いつものように誇らしい威容を城下に見せつけて帰ってくるだろう。凱旋の人ごみに金髪の女を探すかもしれぬ。頭の片隅にでも、憂いなく女の元に行けるという安堵を携えているだろう。
「おかえり、グレイグ」
玉座の間の扉が開き、王と話していたホメロスはにこやかに振り返ってやった。
「ああ」
しかし明るい笑顔は受け取られずに落ちた。
やや沈痛なほどの真面目なしかめ面をしたグレイグが、あいさつとも言えぬ声だけで視線もくれず通り過ぎていった。ホメロスはとっさに自分だけ振り返った間抜け面をさらさぬようきりりとした顔で前に向き直る。恥をかくところであった。相変わらずメンツや機微に大ざっぱな野暮男である。
兵たちのささやかな宴の中、表情には出さず、ホメロスは戸惑った。報告が終わってもグレイグは件の顔をしていた。
被害が出たわけでもないのにこの心の痛みに耐えるような神妙な顔はなんだ。もちろん傷など隠してはいないかと動きをよく確認した。しかしそれが顔だけ見れば、思慮としびれるような威厳を感じさせるもので、兵たちもいつにも増してグレイグを囲み慕うようだったから、ホメロスは戸惑うばかりか苛立った。
そして恥じた。自分にできるのはせいぜい奴の妻がわりのように、帰りを喜んではしゃぐ笑顔くらい。あんな重厚な威厳で場の憧れの視線を支配することなどできないのだ。明日俺に抱きしめてほしくて予約を入れているくせに、と心の中で貶めてみても、わけなく跳ね返されてみじめになるような将軍の顔だった。
胸の虚無感に苦しむホメロスを尻目に、グレイグはその日最後までしかめ面を崩すことはなかった。
翌日の夜。出勤したオランピアは緩慢に身支度をした。昨日あのように将軍らしい硬い様子でいたグレイグを、女の香りで満たされた娼館で迎えるのは複雑な気分だった。またあの仔犬のような情けない顔を見、今度は自分の手で昇りつめるところなども見て、自信のようなものを早く取り戻したくもあった。
搾り取って自分の力にしてやろうと興奮できる他の男たち相手と違って、あいつには濡れないだろうなと潤滑剤を仕込もうかとも思ったが、断固入れてやるつもりはなかったのでやめた。遠征で難しい顔をして溜めてきたものを、柔らかい体にすっきりとすこやかに吐き出されて、また清廉な将軍の顔に切り替えられなどしたら最悪だ。
鈴の音の先触れのあと武人の足音がして、ホメロスは初回と同じように扉に向かって礼をとった。とにかく出方を見つつ前回のことをうまくごまかしてやる必要がある。
「失礼する」
低く、体の芯に震動として伝わるような声にびくりとしてしまった。弱い女の体をしているとはいえ、貴様に怯えるなど、と歯を噛んで怒りをこらえる。扉が開き、申し訳なさを宿した艶っぽい苦悩の顔を作って顔を上げようとする。
「しょうぐ……」
「すまなかった!」
顔を上げる前の視界に巨躯が滑り込んできてホメロスは若干バランスを崩してヒールでたたらを踏んだ。床である。床に体をすべて投げ出さんばかりに低く跪いて、相変わらず冗談のような色合わせの広い背中がよく見えた。肩を踏みたい、と思ったが、オランピアは儚げにうろたえて膝を折ってみせた。
「やめて、立派な殿方がそのようなことをなさるものではありません! どうかお顔を上げてください」
「いや! 本当にこの間は、俺が何か無礼をはたらいてしまったのだろう。軽々しく許してくれとは言えぬ。それでも今日はただ謝りにきたのだ。仕事があったので謝罪が遅くなったことも詫びたい。誠意のない男と思われても仕方がないが……」
グレイグは体勢を低くしたまま、持っていた包みをごそごそ開いて何やら捧げてきた。簡素な木箱に、デルカダールまんじゅう、とか書かれている。受け取らなければいかんともしがたかったのでそっと取ったその箱を開いてみると、茶色い素朴な菓子のようなものの表にデルカダール神殿の遠景のようなシルエットと双頭の鷲の紋章が焼き印されただけのものが並んでいた。なんだこのださい菓子は、初めて見たわとホメロスは鳥肌をたてた。
「自分で選んできたので、オランピアの気に入るものではないと思う、しかしせめてもの俺の気持ちだ」
「わかりましたから、お顔を……上げて。どうか」
いまいちどういう気持ちを表す品物なのかはわかりかねたがホメロスはとりあえずわかったということにした。遠慮がちに顔が上がると、グレイグは目に熱意をこめた、しかし例の神妙な顔をしていた。この顔が、兵の心を掴むのだ! と悔しさに打たれてホメロスはよろける。
グレイグはオランピアを支えて立たせながら、立ち上がった。そして一歩引いた。
「もしこれから怒りが収まることがあって、かなうならば、何が気分を害してしまったのか……教えてほしいと思う。今日は、会ってくれて感謝する。また……」
そう言ってグレイグはあろうことかきびすを返そうとした。よろけから立ち直ったホメロスは事情をつなげて呆れた。
こいつは、娼婦の機嫌をひどく損ねたことを、全く思い当たらないのに自分が悪いことをしたのだと思って、謝るためだけに今夜を買ったのだ。
それも悪い評判や後腐れた気持ちをなくすための手切れ金を渡すのではなく、いつか理由を聞かせてまた親しくしてほしいと、遠征帰りに頭をひねって謎のまんじゅうなど選んで。女を思って悶々としていたのではなく、仕事を終わらせ、立派に帰って謝らねばとずっと考えて、真面目な顔をしていたのだ。
「お待ちになって!」
オランピアの白い腕がグレイグを抱きしめて止めた。自分の体をひと巻きして拘束するには足りず、ゆるくとりまいているだけのような細い光の端を見てグレイグは眉を下げる。
「……許してもらえるのだろうか?」
「許しを乞うのはわたくしのほうなのです。将軍に何も悪いところなど……ありません。だから何が悪かっただろうかなどと考えなくていいのです。わたくしが、あんな……無礼を……」
身じろぎしたので腕をほどいてやると、グレイグはオランピアの正面に向き直った。近い距離ではヒールをはいていても首が痛くなるような大きな体だ。だが翠の目が優しく光っている。誠意だけを示した男から目をそらすことはためらわれた。
可愛い奴ではないか。
呆れと憐みの優越感に包まれて、この馬鹿な男の無駄な疲れを労ってやろうという気持ちがホメロスに湧いた。
「あのときは、将軍が……あんまり素敵で。そんな、のは、初めてでしたので、どうしたらいいかわからなくて。怖くなってしまったのです。将軍が強くて大きい方だから怖いのではありません。自分の……心が怖くて」
「な……なんと……」
グレイグはぽうっと顔を赤くした。目の前の女が語る甘い物語に酔い、もうどうして振られたのだろうという疑念や気に病んだ感覚はすっかり解決した様子で、ホメロスはあまりのたやすさを笑う。オランピアはそこで苦しげに目を伏せた。
「でも、そんな理由で落ち度のない将軍をあんなふうに締め出すなど、あってはならないことです。この間の料金はお返しいたします。お詫びになるかはわかりませんが、お好みの子との夜をご紹介しますわ」
「なっ、そんな! 返金など思ってもいない、そんなことはしなくていい! それに、他など……俺はあなたでなければ……」
「それではわたくしの気持ちがおさまりません。ではせめて、今日はたくさんおもてなしをさせてくださいますか?」
「……! ん、ああ……、それなら……」
手を取って胸に触れるか触れないかのところに握り、とびきりの角度で見上げてホメロスは内心ほくそ笑んだ。ふ、かかったぞ。
オランピアは取った手を指を絡めて握り、足取り軽く導いた。
「では、まず身づくろいをさせてくださいな。髪を扱うのが上手だと言ってくださったでしょう? 洗ってさしあげます」
「洗っ……、」
手をひかれながらグレイグは少し体をかたくした。オランピアが導いている先が洗体の奉仕をする洗い場だとさすがに知らぬわけではないだろう。脱衣篭らしきものも見える。尻込みする様子のグレイグにオランピアは優しく振り返る。
「髪を洗うだけですから。この間の整髪はお気に召さなかった……?」
「あ、いや、そんな……あれはとても嬉しかった。お願いする……」
脱衣カゴの前で促して、先に洗い場に入って扉を閉めてやると、やっとグレイグはもぞもぞ服を脱ぎ始める。いつもならそこで愛撫しながら丁寧に服を脱がせてやるのだが、今それをやると逃がすだろう。
「い、いいだろうか?」
洗い場の扉の隙間から大きな顔がのぞき、はっとして引っ込みかけた。扉が閉まらぬうちにこちらから開けてやると予想通り無意味に腰にタオルなど巻いている。
こちらを正視できずあからさまに横を向いているのは、オランピアもまた大判のタオルで乳房から下を隠しただけの姿だからだ。とは言っても肌の露出は先程のドレスとさして変わらない。髪が上がっているくらいだ。おまえが私室まわりをうろつく格好のほうがひどいくらいだろうが、とホメロスは少しいらついたが、それもまた愚かで可愛く思えた。
「濡れますからね」
一応ドレスを脱いだことへの言い訳を与えてやりながら、オランピアは備え付けの高さのある椅子に座り、その前のひどく背もたれの角度のゆるい椅子のようなものに座るよううながした。床屋が洗髪するときの設備と似ていたのでどう位置すればいいのかグレイグはわかったが、それと違うのはしっかりとオランピアの膝枕に頭を置いてしまうところだった。
「失礼いたしますね」
オランピアはまず手櫛で髪を梳いた。グレイグはほうと息をついて目を閉じた。見上げるとふくらみが目に入ってしまうのもあった。やはり、不思議に気持ちの良い手だと思う。幼い頃、遊び疲れて友の部屋で寝入ってしまったとき、絡んだ髪を梳いて布団をかけてくれた手の嬉しさを思い出す。
「目を閉じたままで」
少しグレイグの口元がにやけてきているのを見ながら、ホメロスはグレイグの仮面の目元にタオルをのせた。そうして目をふさいでから体に巻いているタオルを取ってしまう。ぬるま湯で髪を湿らせてやり、洗髪石鹸を泡立てて髪の間に指を通す。
「将軍、頭の筋肉も硬いですよ。お仕事はお疲れでしたのね」
「ん……、大したことではないのだ。あなたたちの暮らしが守られることのほうが大事だから……」
気が緩んだのかグレイグはやや身分をばらした。頭皮は面の皮と同じく厚く、生真面目に凝り固まっていた。騎士として、外出するときの最低限の身だしなみは保てるようになったとはいえ、洗ってさっぱりするだけではこんなところのマッサージに気が回るわけはない。宿敵がいずれ来る対決の日にハゲているのは嫌だし、昔はくるくるとよく変わった表情があまり動かなくなり威厳のようなものを周囲に勘違いさせているのもこの硬さのせいなのではないかと思って念入りに揉み洗った。
「うん……、だめだ……、寝てしまいそうだ」
「お疲れですね。ゆったりしていていいのですよ」
寝てしまいそうどころかすでに二度ほどフガッとかいったのだが、オランピアはよしよしと甘やかした。それこそ眠い子供を介抱してやるように支えて起き上がらせ、座る向きを変えて足を下ろさせる。髪の泡を洗い流してやり、そのまま肩を優しく揉む。
「せっかくですから、お背中も流しますわ。体も」
「えっ……そんな」
「たくさんおもてなしさせてくださるのでしょう?」
言質をちらつかせるとグレイグは黙った。オランピアが裸なのを見ていないから、ただ海綿で洗ってくれるのだと思っているのだろう。甘い。ホメロスは豊かな乳房と白い腹に石鹸を塗り付けた。
「ぅ……!?」
海綿と違いなめらかで、ほよん、とした感触にグレイグは小さく声を漏らした。花が咲き乱れ天使が踊るようなイメージが目の前で火花と散り、それになすすべなくあわあわとしていると、天使の感触がぬるんと滑り動いた。あたたかく、円を描く。こんな気持ちのいい海綿はない。何かのスライムの素材だろうか? なんだかわからないが、いやわかっているような気もするが、グレイグは知能が下がり背中の感触のことしか考えられなくなった。
「えっ、? !? んっ、うぉっ……!?」
「当店の特別な海綿はいかが? 痛くはありませんか?」
「そ、そうなのか! すごく気持ちがいい……レシピを……ぜひレシピを教えてくれ……」
馬鹿真面目に目を閉じたままのグレイグがよくわからないことを口走っているうちに、精一杯手を伸ばして前側も手早く洗う。久し振りに触れる陰茎はがちがちに反り返っていて得意になる。少年時代いたずらをし合ったことなら何度かあるが、こんな棍棒のような状態は初めてだ。これはオランピアもちょっと遠慮する、こんなだからおまえは女に逃げられがちなのだな、といつもなら涙が出そうに笑うところだったが、合わせた肌から極上の生気を吸い取って気分がよくなっているせいなのか可愛らしく愛おしく思えた。
可愛い顔が見たい。甘やかして蕩かせてやりたい。傷のある肩にひとつキスをしてから、あえて艶のない手つきでざっと剛直を洗い上げ、手早く泡を流した。
「は……う……、ありがとう、オランピア……」
「……見ないで」
ふにゃふにゃ目を開けて振り返ろうとするグレイグに釘を刺し、オランピアは体を拭いて下着をつけず素肌にシルクのドレスだけを着直した。そして間抜けに性器だけを元気にして放心しているグレイグの体を抱きしめるように拭いてやった。前に回ると、仔犬のように潤んだ目が完成していた。ああ、可愛い、可愛い私のグレイグ。ホメロスは見ないふりをする母親のようにそっと腰にタオルをまとわせて隠し、別のタオルで髪を包んで拭いてやりながら額にキスをした。洗い髪で目元を見ているとずっと若く、頼りなげに見える。僕が守ってやる、といういつかの気持ちがよぎった。
「行きましょう」
上げていた髪を下ろしながら立ち上がると、ランプの光を遮ってグレイグの顔が髪の影に入った。差し伸べた手は疑問なく握られ、手をつないでベッドルームに向かった。グレイグは美しい神秘を見るように、不思議そうにぼうっとオランピアを見下ろした。
「一緒に休みましょう。お疲れなのですもの。眠ってしまってもかまいませんよ」
あくまでここは淫欲ではなく安らぎの場なのだという、優しいばかりの声でオランピアはグレイグをベッドに導いた。オランピアがクッションを重ねてくれた上におずおずと横になると、宣言通りオランピアはただ添い寝をしてくれた。乾いてきた髪をゆっくりと撫でられる。
「いい子、いい子。頑張ってきたのですね」
グレイグはぼんやりと霞のかかった頭で母親を連想する。母は、こうして添い寝をして、いい子だと褒めて、髪を撫でてくれた。夜は怖いと泣くのをなだめ、本を読みきかせ、明日も僕が一緒だぞと言ってくれた。抱きしめて、取っ組み合いをして、人のぬくもりと心を分けてくれた。母についてのおぼろげな、美しい黄金の記憶は幼馴染と混ざる。混ざっているので、眼前に彼にはないやわらかなふくらみがあってもおかしいとは思わなかった。
「可愛い子。おっぱいが欲しいですか?」
片腕をクッションとの間に通し、オランピアはグレイグの頭を胸にふわりと抱き寄せた。口元がシルクごしの柔らかさに埋まり、柔らかな気持ちよさを美味のように味わおうと唇が動く。それを返答と受け取ってホメロスは痺れるように悦んだ。
「ええ、ええ、好きなだけ、吸っていいのですよ。ほら……」
胸元の大きく開いたドレスから、下着に包まれていない乳房は簡単にさらけ出せた。乳房は白く丸く、先端が唇と同じ薔薇色をしていた。母の腕に支えられるままにグレイグはその先端を口に含んだ。
「! ン……」
その瞬間だけオランピアはびくりと震えた。抱えたグレイグの顔を見ると、もっとでれでれとしていると思ったのに、泣きそうに必死な様子で、体の奥がきゅんとした。グレイグはそこから隣にいる命の証拠を吸い出そうとでもするかのように、あの手この手に吸い、食んだ。
「ん、うっ、ちゅ、……っく、は……、むっ……」
「んっ……、んっ……、大丈……夫、大丈夫だ、おれは、」
うっかりと男言葉が出てしまいホメロスは少し我に返った。グレイグは気にせず無心に乳を吸い続けている。ちらりと下を見るとぱんぱんになったものが揺れていた。かわいそうに、大きな図体で、ひとりで寂しそうにして。やさしく、あたたかくして、安心させてやりたい、と思うが、やはりひとつになってしまいたくはなかった。第一こちらの準備を今日は――、
「う、ッ!?」
ホメロスがむずむずと裾をずらし上げて手をやると股はびしょびしょに濡れていた。一瞬こいつの緩んだ阿呆面につられて漏らしてしまったのかと思ったほどだったが、確かにとろりとしていた。混乱したが、相変わらず必死なグレイグの顔と陰茎を見比べて、そのあたたかなぬるつきをできる限り指にすくって硬いものに触れた。
「ふ、んッ!?」
熱くぬるぬるとした刺激にグレイグは目を見開いて驚いた。答えと助けを求めるように見上げてくるいたいけな目をホメロスは受け止めた。大丈夫、とささやいてやると目が苦しげに細められ、うっすらと涙が浮かぶのが見えた。ああ、泣いてしまいたいのだ、とわかって必死に手を伸ばしてくり返しくびれをしごき上げた。根元までぬるついた手で握りこむと、ぼろりと涙がこぼれた。
「ん、ううっ、ふーッ、ふ、……む、う、ウッ、」
「いいですよ、泣いて、いいのですよ。誰にも内緒です。悪いことなんて何もない。大丈夫、大丈……夫……」
「ん、……ッうう……っ! ふ……!」
乳輪全体を口に入れて強く吸いながら、その間ずっと長くグレイグは吐精した。びゅ、びゅ、と遅れたものも振り絞るように出しながら、腰を丸めて隣のオランピアと脚を絡めようとしているようだった。乳首を吸われ続けた刺激と手を濡らすどろどろとした熱さ、いじらしく絡んでくる太い脚の重み、見つめ合ったまま達する翠の目の泣き顔にホメロスも心ならず絶頂した。びちょびちょになったドレスを早めによく洗わねば、と大きな頭を抱きこみながら考える。
まだ熱い息の塊を絶え間なく吐き出しているグレイグの脚からなんとか抜け出し、ベッドサイドに備え付けた濡れ布巾で赤ん坊のおむつを替えるように股間を掃除してやる。そうして貞淑な母親のような顔をしたオランピアは、肩まで布団をかけ、手で目を閉じさせた。
「おやすみなさい、将軍。よい夢を」
唇にキスをされたような気がした。不思議な眠気に抗えず、グレイグは言われた通り甘い記憶に落ちていった。
→次ページへ続く

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