A-3.【R-18】金の背中のイブリース - 2/2

 

城からの大階段を降りてくる、その高位の騎士の表情は明るくなかった。

とはいえ、先日現れた得体の知れない禍々しい天体を見上げてざわめく他の者たちよりはまだ、やらなければいけない仕事があるぶん落ち着いてはいた。その男は将軍付きの副将でこうしたときには事件の情報収集を指揮すべき立場であった。この国は今将軍二人が留守である。しかし男の仰ぐほうの将軍はもうおそらく帰らないのだった。

もはや、と内密に王と黒の将軍に告げられ、聴取を受けたとき、彼は分厚い書類箱をひもといて二人に見せた。その中には「もしもの事態」のための指示や引き継ぎ事項が完璧な法典のようにそろっていた。黒の将軍はかぶりつくように見つめながらも苦しげに眉を歪ませたが、そこには何もかの人の心のうちの告白はなく、指示の通りに部屋から回収された仕事道具の中にもそうだった。

黒の将軍は叱られた子供のような目をして、さすがだな、そういう男であったと言って後を託して勇者とともに謎の天体の調査に向かった。男は、役職自体は宙ぶらりんになってしまったが、王の命により引き続き指示書にしたがって上司の身辺整理をしているのだった。王や黒の将軍はその過程で何かわかることもあるかもしれぬと言うが、罪を犯した人間の指示通りに調査を進めて罪の詳細がつまびらかになることなどないだろう。さりとて彼の指示には漏れなく彼の為したことの何もかもが書かれているように見え、魔のものならぬ頭脳にはそこに書かれていない心の隠し場所など、思いつくことはできないのだった。

 

 

男は今日は貴族の邸(やしき)の門をくぐった。宮廷貴族が増える前の昔からそこにあるようで、今となっては便が悪い小径の奥にあって振り返ると城が遠景に見える。古様式の立派な建物であったが、いくらかつぎはぎに新しい増改築の跡があった。

書状を見せると門番は男を歓迎した。中の少数の使用人たちも男の身分を聞くとひどく安堵したようだった。なにせこの家中は今たったひとりの主の行方が知れないのだ。

「ホメロス様の名代として、あなたがたには次の就職先への紹介状を書く準備がある。この邸での最後の仕事として、邸の中の物の整理を手伝ってくださらないか」

「ありがたいことでございます。わたくしたちの仕事はこの邸の管理だけですから、ご案内ならいくらでもいたしますが、ホメロス様の箪笥(たんす)や机には鍵がかかっているものも多くあります」

「鍵ならばある。どれがどれなのかは、試みる必要があるが……。あなたがたの退職金についても指示が」

鍵や印章は城の私室の随所に分散して隠されていた。隠された鍵がまた別の鍵の隠された抽斗(ひきだし)を開け、まるで迷宮の仕掛けであった。物盗りならはだしで逃げ、諦めの悪い間諜なら探っている間に彼に心服してしまっただろう。

机や機密にかかわる収納には魔術的な防護もかかっており、わけもわからぬまま指示書に諾々と従った。そうしたのでなければあの部屋はこの国がなくなるまで謎を吐き出さぬ、かたくなな白け顔の宝箱であり続けただろう。それはとても似合いという気が男にはしたが、自分がその人に任された誉れある仕事を完遂せねばと思った。黒の将軍が出立間際にその扉の前で立ち止まっていて、男が近付いてくるのをみとめると『頼んだぞ』と早口に言って立ち去っていったのも心にとどまっていた。かの人の身辺整理が目の届かぬところでされてしまうことを将軍は嫌がるような気がした。だからしよう、と男は思った。ずっと近くでかの人と同じものを見ていた。実際はそれは自信過剰にすぎなかったということだが、少なくとも行動様式が似たのは確かだった。

古い大貴族の邸だ、手放す宝も玉石混交、さぞや査定には時間がかかるだろうと思っていたが、意外にも換金できそうなものは当代の主がそろえたのだろう趣味の茶器や銀器くらいだった。それでほとんど余剰なく退職金を分配し終えたあとで、最後に残った執事に立ち会って衣裳部屋にとりかかった。

衣裳部屋には慕わしい香りがうすく残されていた。おおむね白く仕立ての良い服を整理したあと、鍵のかかった衣装棚や箱を開けると、いくらかの女のドレスと宝石が入っていた。

「鍵のかかっているのは、お母君の衣装棚をそのままにしてあるのだと聞いております」

宝石の装身具は大粒のガーネットやルビー、ダイヤモンドを細かな細工の純金にはめこんだ立派なものだった。一目見ただけで気位の高い奢侈な女性のものとわかる。しかし移り変わりのあるドレスの型はずいぶんと流行遅れで古い垢じみてさえいた。何よりそのドレスを身に着けるような貴婦人が暮らすに到底足りる数ではなかった。他にはネグリジェドレスが何着か。妻ももたない男であるのに、なぜかそのいくつかに不思議な懐かしさを覚えた。

 

 

邸のすべてをひっくり返し、ついに男が一人で最後の主寝室に入ったとき、外はすっかり蒼暗くなっていた。

執事から預かった燭台を掲げかけ、部屋をうす明るく照らした。古くからある邸というのに、越してきたばかりのように物が少なかった。実際ここは一度二度引き払われたのだろうと男は察していた。ここがいずれ取り壊されるか別の邸に改められるかするときにも念のため床板から剥がして調べられるのだろうが、ここにはあの人のたくらみのにおいがしない、と男には感じ取れた。かの人はここを買い戻してからは、ほとんどここで休まなかったのだろう。

代わりに、男の知らない澄んでたよりなげな気配がある気がした。主寝室とは呼んだが貴族の古典的な家の間取りとしてはここは子供部屋にあたる場所であろうと男は思った。静かで、邸の裏手にあるという林の葉の擦れる音、水場の音までもした。床や壁の傷やしみをひとつひとつ数え上げたいようなもの狂おしい気持ちになった。

「何か悲しいことがありましたの?」

男が振り返ると窓が開いていた。女だった。白いたっぷりとしたネグリジェが蒼い窓辺にあまりにも唐突であった。そういえば窓が開いていなければ、外の自然の音など耳に届くはずはなかった。

夜風とせせらぎの音は窓枠に座った女の薄布と金髪を揺らし、熟れた花の蜜のにおいを男に届けた。それに包まれると、ゆっくりと近付いてくる一歩一歩につけ衣擦れが妙なる鈴のように聞こえた。

白い脚は裸足だった。介護の者を振り切って駆け出す美しい狂人そのものの姿だった。そういえばかの人の母は白い寝間着を羽にして高い窓から空へ飛び立ったのだと、噂に聞いたことがあるのを思い出した。

幻覚のような光景を黙って見つめている男の反応を気にするでもなく、女は涙の一条を指でなぞり拭いた。

「おかわいそうに。悪い夢でも見たのですね」

今まで眠っていたわけでもないのに女はそう言った。慈愛深くけぶるような、そして少し寂しげなその微笑みに男は慕わしく見覚えがあった。

「あなたは……、あなたは……」

「覚えていてくださったの、お強い方。オランピアでございます」

『オランピア』は首を傾げて喜び、恐る恐る掻き抱く腕の中にやわらかくおさまってくれた。抱き返す裸の腕は上衣をまさぐり、布地の薄いところから体に甘い疼きがにじんだ。焦って上半身に着ているものをすべて脱いでまた抱きしめると、オランピアはいとおしげに笑った。

「まあ。そんなに寂しかったのですか? こらえて立派に仕事をなさって、あなたはすばらしい騎士様なのですね」

「オランピア……、ああ……、オランピア……」

「いい子、いい子……、わたくしでいいのなら、慰めてさしあげましょうね……」

男は怪異としか言えない女を抱く快感に心を投げた。

幻覚ならば狂い死ねばいい。魔物ならば交歓のあと喰い殺されればいい。もう仕事は終わったのだから。久し振りの安堵感と幸福だった。

寝台に導かれ、仰向けでくちづけを受けた。少女のように小さなくちびるを舐め、唾液を絡めて頭じゅうを痺れさせながら、シーツに落ちる金の髪の先だけをささやかに賛美する。それだけで感動にじんわりと背骨が熱くなった。

「……奥ゆかしいこと」

髪の先だけを砂金のように愛撫している震える手を見て、オランピアは仕方なげに笑った。その器用でない笑顔に男は泣いた。もう会えぬのだろう人を想いとめどなく涙があふれた。

泣きじゃくる男をなだめに、オランピアは片方の乳をはだけ、上から口元にさしだしてくれた。記憶と同じ薔薇色の乳首を、震える舌にのせ微細な振動で包む。尊く離しがたく、べろべろと舐めて楽しむ気にはなれなかった。そのゆるくも繊細な刺激をオランピアは喜んだ。

「あ……、ああ……。あなたはやっぱり、上手。哀しいものの気持ちがわかるのですね」

とろけるように感じ入りながらオランピアは脚を伸ばして、器用に足の甲で男の腿を撫で上げた。そのままやさしく蹴るような見た目で股間を往復し、もうそこがすっかり勃起してぶるりぶるりと痙攣しはじめているのを感じる。愛を鳴き交わす小鳥のようにふたりは喘いだ。

「う、うぅ、オランピア、オランピア。はぁあ……、ああ、あ……!」

「ああ、ふふ、ふ……、あ……ン、はぁ、い……い……」

オランピアは吸われていた乳をとり上げ体を起こすと男の下半身を裸に剥いた。濡れた肉棒に薄布の裾がかすり、着衣のオランピアに跨られて見えなくなる。スカートの中でぬるぬるの手に扱かれる。数年前と同じに危険な媚薬でも塗り込められているように感覚が体の芯に直接響いていく。

「でっ、出る、オランピア、中に、あなたの中に出させてくれ」

「出して、たくさんお出しになって。全部全部!」

先端に重さが乗ったかと思うと、襲いかかるようなひだのうごめく肉壺にひといきに呑み込まれ、全身を蛇の魔物に丸呑みにされたような錯覚を覚えて男は息をつめた。射精の間魔物は螺旋に搾り取るように体を激しくくねらせ、のけぞって痙攣を見せつけた。

腹を空かせた魔物に奉仕するよう狙いをつけられた男の柱は呪われ、けなげに萎えることがない。

オランピアは起き上がり、長い髪を薄い天蓋にして降りてきてくれた。上半身を密着させて頬に優しいくちづけをくれた。

「ああ……美味しい……美味しいぃ……、可愛い、全部出して空っぽになるの。ねぇ? 気持ちいいですか? もっともっとわたくしにくださいますか?」

囁きながらオランピアは腰だけを激しく動かした。ますます潤いと締まりを増した筒、圧し潰され脚を絡められて動きを封じられる感覚に快感が倍増しし、人間の言葉を発することもできず情けない顔で男は叫んだ。自由になる腕で小さな頭を抱きしめ、力の入らない腰をときおりがくがくと振る。ずっとそうして快感で精神を焼き切ってしまいたかったが、男の棒の頂点は知れたものだった。

「おおっ、おおぅっ、! あっあっ、ひっ、ひっ、あー! ああ……ぅあ!」

「あっは、はああ……あ! はっ、は、アハハハ! 来る、来る、ああ、すごいっ、強い男の種ぇっ、全部、全部っ、まだだ、まだぁ!」

オランピアは快と疲れの熱に猛った、かすれた雄叫びをあげた。男は何か、とろけた頭でははっきりとは描けない何か別の美しい情景を思い出して、また新しい涙をこぼし耳元を濡らした。

「は……ふふ……。泣かないで……。また悲しいことを思い出してしまったのね。安心なさって。これから、考えられなくしてあげますからね」

オランピアは身を起こし、ぎゅうぎゅうに締まっている肉から男を解放した。あふれ流れるほど出した精液は女陰の中の魔物に残さずねぶり吸い尽くされたか、先にも残らなかった。いまだ供物である肉棒はかたく充血し続けている。陰嚢もずっと軽くもちあがったままに、尻の裏まで魔物の涎に濡れそぼり毒されているのだった。濡れた会陰を擦りながらオランピアは何かを舌で湿した。

「わたくしのせいで汚れてしまいましたわね。あなたが可愛らしいので」

睦言を喜んで男はぽうっとオランピアを見た。指につままれて濡れているのは小さな、棒とも言いがたい曲線の何かであった。指に代わり、おそらくそれでもってぬるぬるの会陰を擦られる。尻の穴の縁をなぞられ、入るか入らないかのところで押し引きをされる。尻を犯されるのだとわかったが、抗う気は起きなかった。好きなようにしてほしいという心を込めて、押し引きに応じて腰を揺らした。オランピアが悲しげに微笑んだような気がした。

「う、う、……ア……! ふぅ……!」

「可愛い、ぬるぬる入っていきますよ、痛くはないでしょう? またたくさん抱きしめてあげましょうね」

ぬるぬるに濡らされた器具は尻穴に存外なめらかに呑み込まれるとそのまま進むことも退くこともなさそうに止まった。オランピアは金の髪の流れる背中を向けてきて、振り返って目を合わせたままネグリジェの裾をめくり上げた。白い尻は不似合いなほど筋肉が感じられ、小さく丸かった。手ごとどろどろになっている指がそのあわいを拡げ、紅い粘膜の窄まりをかきまわすのを見せつけられ、男の尻も疼きうねる。何か底が抜けるように心細い気持ちが急にせり上がってきて、男は悶えた。

「あ、……あっ、……すけ……て、たすけ、て……! はやく……! はやく……!」

「……ふ」

見返った顔が笑った。はやく、と求めた肉筒が望み通りに降りてきて男は母に抱かれた子供のように安堵した。膣とは違う重点で締められ、包まれ、自分の直腸も連動した魔力で刺激されるが、もう心細いばかりではなく狂おしくあたたかかった。抱かれている、とひどく感動して、均整のとれた筋肉で枕やシーツを掴んで男は乱れた。

「たすけて、あっ、あぅ、助けてください……! どうか、どうか、あぅっ、もう、」

「ふ、ふ! はっ……、は、クッ、ふ。ハハ……! あ……ンンッ……!」

腰の上で尻が跳ねるたび金の髪が腹を叩く。オランピアが気持ちよさそうにのけぞっては後ろ髪をかきあげて翻らせる。金の翼のように広がった髪は自由で、いつか波を切って進んだ船の上で見た、気高くまぶしい背中と似ていた。ばちん、ばちん、音とともに体に響く心地よい衝撃を思い出す。鮮やかに踊るような剣だった。余裕の美を見せようとする努力が誰よりも気高かった。生きていく、と思わせる旗だった。

「助けて、ひっ、いぅ、くだ……ァ、あっ……、さ、い!ホメロス様、ホメロスさまぁ! あ、あー!」

「はは、はッ、あ、あ、アッ……ハハ! ふっ……う!

ふ、く、……ぅあ……」

裏側からの刺激でなかば無理矢理精を漏らさせられながら、男は自分で過去にした帰らぬ人の名を恋し叫んだ。それからまた、最後には意識も途絶え、ただすべてをずっぽりと呑まれたままに後ろの刺激だけで根こそぎ噴き出させられるまで、もうオランピアは振り返ることはなかった。

 

 

「オランピア、私と一緒になってください」

寝台を降りようとする横で、泥のように脱力した体が絶え絶えに言った。

動きを止めた背中に伝えようと、掠れながら懸命に男は言いつのった。

「私の種を少しは気に入ってくれたのでしょう? 私の、私の子を産んでください。そうしたら大丈夫です。誰も気付きません。私は、なぜだと聞きません。あなたを守ります。ずっとあなたが守ってくれたように。どうか、」

この国からいなくならないでください、と言いきって緊張で呼吸がおかしくなる男に、唇が重ねられた。落ち着いたのちゆっくりと離れた顔はよく見知った男のものだった。

「紳士的申し出はよいことだ、さすが私の見込んだ騎士よ。しかし私はな、残念なことに平らかに愛されるのでは満足できんのだ」

目を冷ややかに細め肩頬で笑って、女物のネグリジェを巻きつけた彫像のような男はついと背を向けて姿見の前に立った。どう脱ぐのだろうと心配になるほど寸法も体の線も合わず、美しい人ではあったが、たおやかな女装を似合わせるようなしおらしさがかの人にはなかった。ガーネットとルビーと金の装身具が手に取られた。

「世をはかなんでいるようなら、気持ちよく吸い殺してやれるかと思ったが。おまえは生きる気があるようだ。ならば仕事はいくらでもあるはずだろう。私の教えを無駄にするのでなければな」

姿見の前で赤と金のネックレスや腕輪、ブローチ、腰飾りをつけた姿は異様な清楚さに返り血のような暗い鮮烈をそえていた。高貴で醜悪で居丈高で、ああ、あの人の母とはあんなふうだったのだろうかと男は思う。

「誰かのためでなく、自らの名誉と誇りのために生きるがいい。

それがおまえが目指したという、騎士というものの姿だ」

それだけ言うと闇の魔力を全身からくゆらせた金色の闇は鏡の中の母の姿に笑って、楽しそうにくるりと回った。どろどろに汚れたスカートが白い円形に広がり、金鎖が涼しい音をたてた。

 

ハーーーーハハハハ!

 

狂った女のように高く笑って、装身具を外し持ったそれは膨れた体と爪でネグリジェを引き裂いて捨てた。開いた窓から飛び立つ背には流れる金髪と、本物の、悪魔の羽が生えていた。

 

 

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