コラムーエッセンシャルオイル
植物の発する香りは、虫を避けるためや逆に誘引するため、あるいは植物体内の代謝の過程で産生される芳香性の化合物(フェノール)が混合したものです。いわば、動物のように動いて環境を変えることのない植物の生存戦略の結果です。
現代は人工香料が発達したため安価なアロマオイルが流通していますが、本物の精油は植物の体のほ~んのわずかな部分にだけある芳香腺を蒸留して得られるものです。だからほんと大量の草木からちょっとしか精製されないの。ミントの和名「薄荷」は、大量でも精油にすると小さな瓶に収まってしまいかさばらない(荷が薄い)ことに由来するともいわれています。
精油にした植物の香りは、揮発することはあっても老いず腐らず、魂の永遠を示す聖なるものと考えられました。キリスト教では病や臨終の床において施される秘跡「病者の塗油」でオリーブ油や香油を用います。
香辛料の交易は同盟やエーギル領の得意とするところで、そのへんのことをこの本でいっぱいしてます。
小説裏話
いきなり地の文がローレンツの詩(マヌエラ先生に勝手に歌われたやつ)のパロから始まったの気付きました? からかってます。
シルヴァンと同じく頭の中でグルグル考えながら、よりストイックで内省的なローレンツ視点です。本ではこの話が佐治つや子先生のシルヴァンとレオニーの話の後に収録されているので、はからずもそこの違いが見えるような本になったかな。フォドラ食物語は四貴族(フェルディナント・シルヴァン・ローレンツ・コンスタンツェ)全部盛り!
ストイックで内省的で自分そのものを追求するプライドをもったローレンツの性質はグロスタールの紋章と「隠者」アルカナの対応記事でも話していますが、今回はメルセデスの紋章の意味を主題に置きました。メルセデスのもつラミーヌの紋章が対応するのは「審判」のアルカナ、主人公先生に対応する「世界」のアルカナを除けば最後の結末のカードです。永遠、天命のゆきつく先、季節でいえば葡萄や夏麦などの収穫後の晩秋から冬……タイトルの『褪せぬ秋の日』を表します。
ラストはほんのりローレンツ→メルセデス風味です。今後ローレンツがアタックするのかもしれないしずっとほんのりと引け目みたいな憧れを引きずるのかもしれない。どこ吹く風でメルセデスが西部に引っ越しちゃうかも。
『いただき! ガルグ=マクめし』のメルセデスの項でも話したのですが、教会で多く扱われたハチミツや香油や小麦粉などといった保存のきく食材はたんに貯蔵に向いているからではなく、その腐らないしそれ以上枯れたりすることもない不変性を魂の永遠と結びつけたからです。俗世や生きている肉体は時間によって栄枯盛衰したり美しくなったり老いさらばえたり忙しいですが、聖なる世界に向いた魂の真実は時によって変わることなく、永遠の安らぎにつながる。これは仏教の「生老病死」の考え方とも同じところがありますね。
乾燥させたハーブや香油にはそういう聖性と関係があります。しかし、「時間が経っても腐らない」ということは多くの場合、「もう死んでる」からであることもあります。キリスト教では俗世の肉の体を捨て永遠に近付いた聖なるものとして白い骨を地下の壁に飾りまくってることがありますからね(日本だって即身仏をありがてえ~!ってしますけどね)。生き物の体が老いたり腐ったりするのも、市場の交易品がごちゃごちゃ値動きするのも、ローレンツが俗世に振り回されるのも、みんな一生懸命生きているからです。メルセデスはそれを受け入れて見守り、みんなが一生懸命生きたということを覚えておく……。
さっきのミニコラムのエッセンシャルオイルについての説明で、植物の芳香は「いわば動物のように動いて環境を変えることのない植物の生存戦略の結果」と書きましたが、これはメルセデスの話をしているのでもあります。メルセデスはある種エーデルガルトと対照的に、自分や自分と似た無数の人たちの過酷な運命に対して「受け入れて流される」という姿勢をとってきました。それは一見弱さですが、外から見た行動としては受け入れて流されているメルセデスの心は見れば見るほど堅牢で輝きを失わないマイペースなものなのですよね。
風花雪月小説
奇跡の美酒
食文化テーマ短編。戦後、教師として復興を手伝う村で可能な限り理想のお酒を作りたいわ!とマヌエラがカトリーヌとともに各地酒ツアーしてエドマンド領まで行く(13000字程度)
カリード王アンヴァル会談録「キャベツ」
食文化テーマ短編。戦後、パルミラ王ことクロードがフォドラ統一政権の外交官のコンスタンツェとついてきたユーリスにキャベツの相談をする(13000字程度)
カリード王アンヴァル会談録「ライス」
食文化テーマ短編。「キャベツ」の続き。ヌーヴェル領の農地を苦しめる塩害対策にクロードがアジアの知恵をしぼる(11000字程度)
褪せぬ秋の日
食文化テーマ短編。戦後、レスターをまとめる立場になったローレンツが香辛料の流通について修道女メルセデスに相談する(10000字程度)
ヘヴリング文書―土壌編―
食文化テーマ短編。戦後、ガスパール領の地質調査に向かうリンハルトから先生に向けた連書簡(8000字程度)

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