【R-18】執事の愉しき厨房—2月 大人のホットチョコレート - 3/3

ふたりきりのカムイの私室は甘い香りにふんわりと満たされた。暗夜とはずいぶん気候が違うが、この季節らしい、久し振りのホットチョコレートだ。くつろいだ格好で長椅子に腰かけて、カムイはうきうきとカップを傾けた。ジョーカーが表情をうかがうと、期待通りにぱちくりと目に光を入れた。

「お酒? が入っている?」

「少しですが。お口に合いませんでしょうか?」

「ううん、いい香りだね。飲んでいいの?」

「カムイ様ももう大人でいらっしゃいますからね。北の城塞とは違うのです、大人の食べ物をこれからたくさんこしらえましょうね」

カムイはカップに口元を隠したままはにかんだ。愛しすぎて食べてしまいたくなるような気持ちを執事らしい笑顔に隠す。どうやら気に入っていただけたようだ、とよくよく覚えて、カムイの好みに関する情報が増えることにすばらしく幸せを感じる。

ジョーカーには主に食べさせたいものがたくさんあった。性格がおっとりして見えることもあって、きょうだいたちの中ではかわいい子どものような扱いをされがちだが、主ももう大人だ。北の城塞ではすべてが自由とはいかなかったし、今思えば戦前の暗夜自体が常に制限を受けているような環境だった。外に出てカムイと合流してからは味に不満足させたつもりはないが、それでもあれは戦時であった。

それに比べて、カムイの竜の力に満ちたこの国はなんと恵まれていることだろう。酒に興味はないが、いつか酒やさまざまな大人の味を嗜むようになった主に酌や酒の相手を望まれることがあるならば、そして熱い瞳の主に恐れ多くも少し荒々しく抱き寄せられたりなど……と、豊かな妄想にジョーカーは顔をゆるませるのだった。

カムイは糖蜜酒入りのホットチョコレートをおいしいおいしいと褒めながらにこにこ飲んだ。初めてのレシピを喜んでもらえたことにほっとしてカップを回収しようと近付くと、カムイは最後に残った柔らかく融けかけた半固形のチョコレートを、何を思ったか指でつつき潰した。むにゅり、とその触感が伝わってくるようだ。スプーンをお使いください、と差し出そうとしたが、上目遣いにとらえられて止まった。

「ジョーカー」

カムイは甘やかに笑ってみせた。中指の先にまとわった柔らかな黒茶色を、舌の腹で包むようにすくう。唇をすぼめてぬぐいとったかと思えば、そのまま指を根元から舌で湿す、ジョーカーと目を合わせたまま……。

くぎ付けになっているジョーカーにカムイはもう片腕を広げてみせた。

「ジョーカー。おいで」

ジョーカーは腰が砕けそうになった。

かすれた声は吐息まじり。紅玉の瞳はぬれて輝いている。不忠だと思いながらもどうしようもなくて目をそらした。

「か……カムイ様……私はチョコレートの……いやフェリシアの面倒を見ねば……」

「ジョーカーは僕の言うことを聞くよね」

「クッ……!」

言葉だけであられもない声をあげそうでジョーカーは口元をおさえた。これはさっきの妄想か? 俺はついに気が狂ったのか?

唇を噛んでも夢が醒める気配がないので、ジョーカーは主の言葉に従いふらふらとその手が届く甘い距離に近付いた。カムイは紅い目を細め、まだ執事らしい立ち姿を守っているジョーカーの腰を撫でる。その、美術品を愛でるような視線が退廃的に格好良いように感じられて痺れてしまう。

「んっ……、」

「ゆっくりしてられないなら早く済ませようか」

言ってカムイは長椅子に腰かけたままでジョーカーの下をつるりとおろした。なかば勃起している陰茎が黒い下着を盛り上がらせている。このまま主の膝の上ですることになるのだろうか、とジョーカーがとろんとしていく間に、何を思ったかカムイはためらいなくその黒に包まれたかたちを唇に食んだ。

「あっ!? か、カムイ様、いけません。汚いです! 私がします」

……舐められている!

何をされているか気付くのに少しかかった気がした。カムイは下着ごしに舌でジョーカー自身を熱烈に愛撫していた。ジョーカーはあわてて逃れようとするが、カムイの脚が絡まされていてうまくいかない。しかも本当にうまそうにしゃぶるものだから、罪深くもそれを見ていたいとも思ってしまう。

「んっ……、んぁ……おいしい……、ジョーカー好きっ……」

「く、くぅうあ……!」

どんどん量感を増す下着の中身をねっとりとねぶってから、カムイは下着の上端を指でずらし顔を出しかけていた赤い先端をすぼめた口の中に圧し入れた。その視覚のどぎつい刺激にジョーカーは一瞬気が狂いそうになる。

「ひ、ふぅうっ、ク、カムイ様あっ……! だめです、だめです……!」

はじめてのカムイの口の中は熱くて、竜の舌に舐められるよりもさらにじんじんと痺れるような気がした。そういえばさっきのホットチョコレートは酒を入れたのだと思い出す。酒精で粘膜は熱く刺激されるものだ。大した濃度ではなかったはずだが、口の中の熱さと、カムイの媚薬じみた唾液と、酒気の三倍重ねであまり動かされてもいないうちから膝が震える。

「あっ……あっぐ……、カムイ様……! 仰せに、従いますからっ、なんでもしますから、どうか、どうかお口を」

カムイは自分がされるときの真似をしてみているのか裏側を舌の面に載せながらずるりと引き抜いた。

「やめてほしいの? 僕の中に出したくないのか? 僕は、ジョーカーの口でもお尻でもすっごく気持ちいいのになあ……」

ぱんぱんにはりつめている怒張を言葉の合間に舐めるのを見せつけるように、カムイは見上げてきた。悲鳴をあげる口を押さえてジョーカーは長椅子の肘置きに手をついて体を支えた。それでもカムイは追い打ちをかけるように、下からシャツのボタンを外し腹筋を舐めたりしてくる。やめてくださいと必死で言うのになんともうまそうに没頭しているばかりだ。おかしい、とここに至って気付く。

カムイは執事が自分にぞっこんすぎて、濃密な体の関係も持っている仲には大したことではないような愛情表現にもすぐめろめろのぐずぐずになってしまうことを知っている。だから優しい主は場所や加減を考えて小出しに抑えてくれているようなのだが、どうにも今日は連撃が過ぎる。真っ白になりそうな頭を奮い立たせてジョーカーは精一杯色気のない叱るような声を心がけた。

「カムイ様、酔っていらっしゃいますね!」

「酔ってる……これがそうなのかな……? そう思う? ジョーカー」

 

ふわふわとした声で言うとカムイは長椅子から立ち上がった。案外しっかりしたその動きに、よしこれで体勢を整えられるぞとジョーカーはほっとする。

「……お酒を召されるのは、初めてでしたか。お体に障らない程度に酔われるのもよいでしょう、お付き合いしますよ。ただお水をお持ちしがてらフェリシアが厨房を破壊しないよう止めに……」

「フェリシアより僕を見てくれないと嫌だ」

「カムイ……様、そういうことではなくてですね……」

本当は、フェリシア本人のことはいいとして、そろそろ厨房の様子を見に行って今日はここまでとしてこないとスズカゼどころか設備にまで危険が及ぶかもしれないと思ったのだが、ほとんど聞く機会のないカムイの嫉妬の言葉に口元がにやけてしまう。酒はすばらしい。たまにほんの少し呑んでいただこう、と内心思う。

「ジョーカー」

「はっ、はい、」

もう厨房のことはいい。

適当なところで逃げていいぞスズカゼ、好きに破壊しろフェリシア。後で片付けてやる。いつもより少し乱暴に手を引かれ近くの高い窓のある壁に向かわせられてジョーカーは即予定を変更した。肩甲骨に熱い吐息がかかっている。体の表をまさぐっているてのひらも熱い。

「ああっ……、ああカムイ様っ……」

「ジョーカー、いい匂い。紅茶のにおい。チョコレートのにおい。でもジョーカーの体のにおいが一番好き……」

「はっ、う、ああー……!」

すんすんと遠慮なしに嗅がれ、羞恥とすべてを愛されている安心感にとろけて窓枠をつかんだ。

カムイはちゃっかりと膏薬をしまってあるのがどのあたりか覚えていたようで、以前外で指を使われたときよりも迅速に慣らされる。主の体に存分に慣れたそこはたやすく指を飲み込み、指さえも愛そうというようにひくりひくりと締めつけた。

「はっ、はっ、あっンッ……うぅっ……」

「ジョーカー、ほしい? びくびくしてる。僕を欲しがってくれてるのか?」

「んんッ、ん、ほしい、です。カムイ様をっ、はああっ……! いれて、ぐちゃぐちゃにかき回してください……!」

犬のように短い息をくり返して不安定な体勢に耐えているジョーカーの腰を、指を抜き出してカムイは支えた。粘膜がぴとりと触れ合うとそこが口のようにぱくぱくと不規則に収縮しているのがはっきりと感じられた。

「あ、はぁッ……! ふ、ふぅ、……ん……んー……!
んっ、え、っ?」

「舐めて」

つかまっている手のほかは、カムイが分け入ってくる感覚にひたすら集中していたジョーカーは口元に近付けられたものを言われるままに舐めた。それは甘苦くなめらかで、目を開くとカムイのもう一方の手の指先を口の中に入れられているのだった。糖蜜酒の香りがした。

「んっ、んんぁっ……、ぁう、」

「ジョーカー……おいしい……? おいしいだろう、ジョーカーが作ってくれたんだもの……。おまえの作ってくれるものが、世界でいちばんだよ」

「んっ……、ウッ、ふ、んあっ……!」

どろりと溶け残らせたチョコレートをはさみまとわせた指と、いつもよりも熱いカムイの肉の楔が同時に上下の開口部をゆっくり侵してくる。夢中で舐めしゃぶり舌と唇で愛撫しながら、自分で作ったものなのに、これがカムイ様のお好みの味、と思って興奮する。

届くところまで割り入るとすぐに震えるような打ちつけが始まった。

「ジョーカー、なか、ああっ……、あったかい、あったかい、気持ちいいっ……! あ、っ、あっ、ふ、はっ」

「ん、んん、んん! はっ、ン……! んんぅ……ッ!」

腰を振っているカムイのうっとりとした声を聞きながらジョーカーは指にも翻弄された。せめてそこばかりは自分が愛撫を捧げようと思うのに、歯をなぞられ、前歯の裏や舌先をくすぐられて、歯を立てないようにするのがやっとだ。快感に耐えるとき唇をまきこんではむはむと指を噛むのをカムイは喜んだ。窓枠に何度もすがり直しながら、ジョーカーは快楽と感動の熱い波に全身をうねらせる。

「ん……! んんッ……! ……は、はっ、んあぁッ! ああ、あァっ! カ……イ、はぁっ、! ああー……ッ!」

「あ! あ、すごい、すご、ジョーカーっ、いっ、いったの? あっ、ああ、大好き……! ああっ、あっ、あっ、か、噛んでぇっ……!」

ぐっと腰を引きつけ、背中に顔を押しつけてカムイも絶頂した。普段なら考えられないことだが、ジョーカーは口の端と頬の内側を拷問具のように引きなぶっていた指を言われたとおり奥歯できゅうと噛んだ。背を向けて足を立たせているのに必死なばかりで抱きしめられない焦燥を補うように。中に吐き出される熱を受け止め、噛んだ指を舌の側面で撫でながら、全身で美味のような感覚を味わっていた。

 

体を離すとジョーカーはいまだ響く快感に、カムイは眠気に二人して床にぐちゃりと崩れ落ちた。

なんとか支え合って長椅子まで戻ると、カムイはむにゃむにゃと幸せそうにジョーカーの首元にキスをして寄りかかって、そしてそのまま静かになってしまった。

「……先に、酒の入ったものをお出ししてみて正解だった……」

着衣を整えてやりながら、信頼する俺の前で甘えきってくださっているとはいえ、なんと酒に弱くていらっしゃるのだろう、とジョーカーは驚いた。カムイの出生はいまいち謎だが、白夜人には酒に弱い者が多いのだというし、そういえば北の城塞時代は酒精のまともに入ったような菓子はよけていた。カミラとニュクスのチョコレートはあまり口に入らないようにしてやらねばならない。

ぽかぽかとあたたかい体にひざ掛けをかけてやり、自分の服もきっちりと整えると、ジョーカーは手を伸ばしてホットチョコレートのカップをとり中を見た。指で潰されていないかたまりがもうひとかけ。それをスプーンですくいとり、眺めて、そっと口に含んだ。美味だ。主の好む甘みと香り。自分の味。

「カムイ様。今度は俺の……も、飲んでいただけるよう覚悟しておきますし……」

「ん……」

頬に触れられてカムイは意識があるのかないのか身じろいだ。少しひらいた口に舌を入れるとわずかににおいを嗅ぐような間のあと緩慢に吸いねぶってくる。飴玉のようにゆるく味わわれるくちづけのあと、ジョーカーは誰に隠すというのかこそこそと囁いた。

「……危ないですからもう、俺の作るものだけを、召し上がれ」

「うん……」

カムイに食べさせたい料理や菓子や茶は限りなく思い浮かんだ。食事を供するとはなんと楽しいことだろう、とジョーカーは思った。離れていた時間のぶん、主の体は自分以外の者の供したものでできているのだろう。それを自分の愛に塗り替え満たしていく空想にぞくぞくした。

おそらく夢うつつで意味がわかっていないだろうと知っていたが、ジョーカーは主の甘く愛らしい返事にひそかにほくそ笑んだ。

 

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