【R-18】アミューズ・3月 海老と白ワインビネガー サラダ仕立て - 4/6

「さて」

調理用の白衣を着て片手に厚手の手袋をはめ、ジョーカーは袖をまくった。普段は、下ごしらえなどを他にまかせているのもあって厨房でももっと普通の格好でいるのだが、今日は大型の初めて扱う魚介を相手にするのだ。

透魔王城の離れに戻ってきたジョーカーはまずカムイに見つからぬよう厨房に桶を運びこみ、逃げないよう蓋をし、アクアとカムイに昼食を配膳した。カムイは朝起こしに来たのがジョーカーではなくフェリシアだったので、今日はじめて顔を合わせた執事におはようと言って微笑んだ。特に気にしている様子もなかった。さりげなくアクアに目配せをして首尾よくいったことを伝えた。

昼下がりの紅茶の時間が終わり、初めて見る生き物にきゃあきゃあ喜ぶフェリシアに氷を作る仕事を振り、いよいよジョーカーは海老をさばく準備を整えた。大きな魚介を扱う包丁は暗器に似ている。

「フェリシア。エビはおとなしくなったか」

「はい~! 真水につけてたらほんとにしーんとしちゃうんですねえ。海のいきものは不思議です~。えびー、えび」

「よし、手袋で持ってここによこせ。あとはおまえは氷割ってボウルに氷水作る以外何もするな。入り口でカムイ様が来ないか見張ってろ」

「はーい」

まな板の上に運ばれてきた海老の、リョウマの鎧兜部分、ばきばきにとげのついた頭を手袋でがっしりと押さえつけ、最後の抵抗をする尾にひるまずジョーカーは包丁一閃、正確に切っ先を頭と胴の接続にさし入れた。

「はっ!」

「きゃっ!」

おまえは見てなくていいんだよ仕事しろ、とジョーカーは思ったがつっこむ余裕も惜しく、集中して兜の裏を刃でなぞる。ぶつぶつと接ぎ目の薄皮が切れていく。

「お、おおおお~」

「うるせえフェリシア、スプーン!」

「はいい!」

手渡されたスプーンをもぐりこませてごり、ごり、と胴の肉と殻の切り離せるところを探る。フェリシアはバケツに抱えた氷をピックで割りながらかたずをのんで見つめている。指の感覚に集中しながら、ジョーカーは見られているのがやや恥ずかしくなってきた。フェリシアの目などいつも何も気にならないのだが、この作業はやや卑猥ではないだろうか? ……

「よっ、……し!」

「ひゃあああ~!」

スプーンであらかたの筋を探り離し、力をこめて尾を引くとうっすらと紅色がかった半透明な身がぞろりと抜き出された。フェリシアがピックをガシンガシンやって拍手のようなリズムを刻む。

「見てんじゃねえ! 氷水作れっつってんだろうが!」

「はっ、はいごめんなさい! 作ります!」

胴肉を抜き出すとすかさず腹側を上に返し、料理ばさみを腹の筋、甲冑の接ぎ目のようなところにずいと入れて尾まで切り進める。左右同じように切って、腹の皮をめくりはがすと、ぷるぷるの白があらわれた。そしてまたスプーンでもって、背中側の肉と殻の間をぐりぐりと探り進めるのだ。

いやらしいことを考えている場合ではないから、カムイ様、カムイ様、と口の中で唱えながら柔らかい身をはがした。最後に素早く内臓を抜いて、煩悩を清めるようにフェリシアの氷がゴロゴロのボウルに柔い肉をひたした。

 

 

「前菜でございます」

「わ……ああー……! きれいだ……!」

桃色と金の縁飾りが春らしい丸皿を目の前に置かれて、カムイは目をきらきらさせた。

皿の奥側には、柔らかそうな葉野菜の若芽と、茹でて鮮やかな緑につぼみの黄を輝かせている菜の花の穂がふわふわと、春の丘のように盛られていた。その手前に白と薄紅の、花びらのような半透明のぷりぷりが重なり、全体にちらちらと黄みがかったソースが散らされている。白夜でサクラに絵を見せてもらった、高山にできるという花畑の景色のようだ。

「まあ、私のは鯛ね」

アクアの皿も似たかたちに、皮のついた薄桃色の生魚のスライスが盛りつけられていた。いつもよりさらに気合いの入った料理にカムイはアクアとジョーカーを交互に見てきょろきょろする。

「えっ、な、何? 僕のは鯛じゃないな? 今日はどうしたの?」

「お話ししたのは私ですが、どちらの素材もヒノカ様が白夜の朝市でお二人にと選ばれたものです」

「ヒノカ姉さんが?」

「うふふ、そう」

二人は皿を見てうれしそうに顔をゆるませる。カムイの驚きと喜びに動く表情を見てジョーカーはもう既に幸せでたまらない。横でにこにこしているジョーカーをカムイは見上げた。

「白夜の市場まで行ったのか? ジョーカーが今朝いなかったのはそれで?」

「はい。起こしに行けず申し訳ありませんでした」

「このきれいなのは何?」

「カムイ様のお好きなものですよ。さあさあ、ご賞味ください」

促すと、カムイは素直にフォークでぷりぷりの身と菜の花を刺し、味わって噛んだ。ジョーカーは、主がものを食べているところが好きだ。黙って口を閉じてもっきゅもっきゅとよく噛んで食を楽しんでいるさまが非常に愛らしい。

こくんと一口めを飲みこんだカムイは少し頬を紅潮させてジョーカーに向き直った。

「ジョーカー、海老だ!」

「はい。よく気付かれました」

「お、おいしい……。ぷるぷるふわふわで、ぴんと酸っぱいのも合う……、菜の花、いい香りで海老は甘い……。大好き……。今日、何かのお祝いだったっけ?」

涙ぐんで聞くカムイがいとおしくて、大好き、という言葉が自分にも言われている気がしてジョーカーも感極まる。おそらく美味と、自分は行事を忘れているのではという不安と、執事が自分のためにはるばる食材を手に入れてきたという思いの深さへの感動がいっしょくたにこみ上げてきたのだろう。不安は解消してやらねばならない。ジョーカーも頬を染めてそっと耳打ちした。

「……今日は十四日です。二の月のお返しでございます」

カムイは目をぱちくりとまばたいた。不思議そうな顔であったが、とにかく不安はなくなったようで、そこからはまた幸せそうに海老と野菜をもっきゅもっきゅしていた。

 

→次ページへ続く

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