食後、カムイに今日の夜来て、と手をとられた。夕食後のことだ、その時点で夜なのだから、意味は決まっている。特別な食事を食べてもらったその日に召されて抱かれる、幸せのフルコースすぎてジョーカーはそれに無言でうなずきながらもうぐずぐずになりそうだった。
準備を整えてカムイの寝室をおとなうと、カムイは何やらもじもじとしてティーテーブルについていた。閨に招かれたのだとはいえ、満月ではないのにそのためだけに来ましたというのも手持無沙汰で恥ずかしいので紅茶を用意してきた、それを席の前に整えてやる。
「呼んでくださって、ありがとうございます」
「い、いや。こっちこそ……。今日の海老、すごくおいしかったよ。本当にありがとう」
座って一緒に飲もう、と椅子をすすめられて、ありがたく自分のぶんも紅茶を淹れて座る。紅茶を飲みながらもカムイはまだそわそわとしていた。いつもは不思議なくらい体に触れたり閨事に進んだりするのに躊躇がなく、いやらしい感じを覚えないくらいなのに、どうしたことだろう。
「あの……カムイ様」
「……うん」
「どうかされましたか? 何か、試されたいことがあるなら、この身でできる限りお応えできるよう努力しますからね……」
安心させるように微笑んでみせるが、カムイはまた少し恥ずかしげに目を伏せた。黙って言葉を待つ。しばらくして、やっと口を開いた。
「海老は、ありがとう、なんだけど」
「何かお口に合わないものがありましたか?」
「いや、ジョーカーの料理は今日もみんなおいしかった。そうじゃなくて……そうじゃなくて」
「はい」
「そうじゃなくて、お返しするのは僕のほうじゃないか? ……僕、先月のいまごろ、ジョーカーにおいしいホットチョコとかベリーのきれいなチョコレートをもらっただけで、何もあげてないよな?」
「え」
ジョーカーは素早く先月のことを思い返した。
カミラとニュクスからの酒入りのチョコレートが届いたので、渡す日の前にと糖蜜酒入りのホットチョコレートを出してみたのだ。すると主はかなり酒に弱くて、それだけの量でも酔ってやきもちをやきだし、愛撫に容赦がなくなり、あろうことか、なんともうまそうに下半身を……。そして立ったままで抱かれて……
……と、いうことはあったが、いくら思い返しても確かに、カムイから何か贈り物をされたということは、なかった。
「……ッ~~……!」
ジョーカーは顔を真っ赤にしてうめきながら意味もなく立ち上がった。
「ジョーカー、待て、待って、違う。全然いいんだ。僕が聞きたいのは、お返しを考えてくれたってことは、ジョーカーがあのとき僕に何かもらったように思ったのかなって……」
「ううっ」
逃げ出さんばかりの手首をつかまれてジョーカーは顔をそむけた。そうだ。甘くて秘めやかな、すごいものをもらったような気でいた。当然のようにお返しを用意しなければと思った。何を贈られたかといったら、――『カムイに口で愛撫され抱かれたこと』だ。
その内容についてはあってはならないことだと思って考えないようにしていたので、何かおかしなことになっていると気付かなかった。こんな、喜んでいたことなど、自分にもカムイにも隠さなければならないことだというのに!
「何を、もらったと思った?」
おずおずと尋ねてくるカムイに答えないわけにもいかないので、ジョーカーはまだはっきり顔向けできないまましどろもどろに口を開いた。
「……その」
「うん」
「カムイ様……に、あの、酔ったカムイ様に、さわっ、て、いただきました……」
「うん……」
「それで……、あの、覚えていますか……」
「覚えてる……ジョーカーがおいしかった……」
ジョーカーは意識を失ってしまいたくなった。
「いやじゃなかった? あれが、嬉しかった?」
服をつかまれてジョーカーは正面を向かせられた。カムイは一生懸命真剣に尋ねてくる。酔っていたとはいえ、拒否されたのを気にかけられていたのだと思い至って、なんとか返答する。
「う……うれしかった、です。とても……。申し訳ありません……」
「悪いことなのか? 僕はいつもおまえに悪いことをさせてちゃってるのか」
「いえ、その、あれはご奉仕です。服従です。そうでしょう? カムイ様のお体ならば、どこもかしこも俺には甘露のようですが、あ……あのようなこと、他の者には絶対したくありません。あなたにだから、すべてを投げ出して、夢中でご奉仕できるのです。それを、逆に主を自分の足元に跪かせて汚いものをお口に……」
口ごもっているとカムイは椅子から立ち上がり、そのままジョーカーの前にひざをつこうとした。わっ、と悲鳴を上げて主の動きを止める。
「いっ、いけません、やっぱりいけません」
「お返しをしてくれるんじゃないのか? なんかあのとき次はいいよとか言ってた気もするんだけどそれって夢?」
「くっ、確かに……言いましたが! 同じ側が同じことをするのはお返しとは言わないでしょう、俺がします」
カムイはせつなげな顔でジョーカーを見上げた。甘えて哀願するときの目だ。目を合わせてはいけない! と、わかっているのに見てしまった。潤んだ目は愛おしくて、それを見た瞬間ジョーカーは今何のことで困っていたのかをほとんど忘れた。
「でも、ジョーカーが喜んでくれたってわかって、すごくほっとしたんだよ……。ジョーカーが主従を気にしているのはわかったけど、それよりいやなことを無理矢理しちゃったんじゃないかと思って、気になっていて」
「何をおっしゃいます。カムイ様がしてくださることで、嫌なことなど……」
「じゃあ、いい?」
「ふ、」
お互い立ったまま股をそろりと撫でられ、ジョーカーはカムイの肩を支えにしようとしてこらえた。手が迷っているあいだに、首筋に顔をうずめられる。カムイは撫でながら、胸に響かせるようにゆっくり深い声で話した。
「僕は、おまえに跪くことをなんとも思わないよ。ううん、嬉しい。おまえは僕にとって、いつも憧れのきれいなものでもあるのをわかって……」
「は、あ、あっ……」
「ね、ジョーカー。僕の……きれいな……」
手と声のぴったりと包むような優しさ、言葉のうれしさで、腰が痺れる。膝ががくがくと震えて、このままでは床に崩れてしまう、そうなったら、この流れでは主が犬のように這いつくばって自分を、と考えてなんとか理性を振り絞った。
「あ、だ、だめです。わかりました、わかりましたから……、ちゃんと、お受けしますから、あの、場所を……」
カムイは素直に体を離してくれた。あわてて、主が楽にできるよう床にクッションを置き寝台に上がって下を脱ぐ。上着を着ていては主に跪かせている不遜さが強まる気がして、少し考えてからすべて脱いで裸になった。
自分だけ素裸になるのは初めてで恥ずかしかったが、初めて抱かれたときのように、自分は感謝を返すため身を捧げるのだという覚悟で、寝台の縁につま先をのせ両脚を開いた。
「どうぞ……」
はしたない格好を卑しいと思うだろうかと不安で見上げた。しかし、カムイはうっとりと目を細めて、吸い寄せられるように白い脚の間の真下に用意されたクッションにすとんと座った。上半身を起こしているので、カムイが頭をもたげた自分のものを恥ずかしがることなくいとおしげに見つめている景色がすべて目に入る。いたたまれない。主がそんなふうにしてくれる価値のあるものではないのに。いっそいやらしいとなじってくれと思う。
「ジョーカー、なんてきれい。僕と違う。腿の内側なんて、透明みたいだ」
「はっ……」
カムイはまず内腿をかじるように口をつけて愛撫した。食事と同じようにカムイはジョーカーの体をいつもうまそうに甘噛みし舐める。そのしぐさがたまらなく愛しいものだから、自分の股ぐらをいつまでも覗きこんでしまう。
「へんなこと……言っていい?」
たくさんのキスを落としながらカムイは問いかけた。
「どうぞ、ぜひ」
「白夜で、母上が海老はおいしいですよって……教えてくれたときは、軽くゆでた身だったんだけど」
「は……い」
「白くてちょっと赤くてきれいで、ふわっとしてぷりっとして、生き物のいい香りがして、……ジョーカーみたいな食べ物だって、思ったんだ」
「えっ」
頬ずりをしながらカムイは笑った。息がかかり、ジョーカーは背中を丸めて震える。
「はぁっ、う……」
「おかしいよね。僕、それまでにジョーカーを噛んだことあったっけ? なんで知ってたんだろう、ジョーカーはおいしいって。もとからジョーカーのこと食べたいと思ってたのかな?」
冗談なのかそうでないのかわからないにこやかな調子で言って、カムイは唇をひらいた。口の中はつややかに濡れて宝石のようだ。しかしそれが宝石と違ってとろけるようにやわらかくて、あたたかく絡みついてくる肉であることをジョーカーは知っている。近付いてくる舌を、怖い、と思った。俎上の活魚が包丁を待ち受けるように。
「う……んっ……!」
ひたりと当てられたカムイの舌はやはり、ただのあたたかくやわらかなものではなかった。慣れない動きにこめられた愛情が、触れ合った粘膜からどっと流れ込んでくるようでジョーカーは早々と涙が出そうになった。カムイは薄目を開けて赤く染まる脚のつけねなどを触りながら、丹念にかたちを確かめて覚えるように舐め、唇でむにむにとはさむ。
「あ……、あっう……カムイさまぁ、カムイ、さまっ、ンッ、ん、っ……!」
「ん……、ジョーカー、僕、ちゃんとできてる? ちゃんと気持ちいい?」
「はいっ、ああ、お上手……です……! お、おれ、俺もうっ、くぅ……!」
開いた脚のつまさきがびくびくと震え、足の指が狂おしく宙を掻いた。やわらかくゆったりとした刺激はただちに射精に至るようなものではなかったが、カムイ様が俺のを確かめている、貪欲に知ろうとしている、と思うと、叫び出したいような気持ちがこみあげるのだった。カムイは先端を口に含んで舌先で味わうように転がし、鈴口に舌を押し付けてしばらくじっとした。先走りが出ているのだ、と気がついてジョーカーは悲愴な顔をする。
「あっ、カムイ、さま……! 不味いでしょう、どうぞその、ぺっとしてください!」
「……ううん。こんな味なんだ……僕のともちょっと違うね。
ああ、においがしてきた……、ジョーカー……ジョーカーのこれ、好きだよ。ちょうだい……。今日はちゃんと飲ませてほしい……飲みたい……」
うっとりと内腿に頭を預け、昂りに鼻先や唇が触れてふるふると揺れるような密着で、カムイは甘く淫らなおねだりをした。こういうときのカムイからはいつも不思議な甘い匂いがしていてジョーカーをとろとろにさせるが、ジョーカーはただの人間でありそんな力はないはずだ。主が、自分を愛して、ただその気持ちだけに酔いしれてくれている。こんなあってはならない格好で。目がくらんだ。上半身を支えている腕はもうしっかり立たなくなり、肘で支えてなんとかカムイを見下ろす。
「口に、入れるね。いつでも出して」
カムイは舌でよく湿した唇をかるくすぼめて、そこに圧しつけ侵入させるように陰茎を口内に招き入れた。小さく愛らしいと思っていた口にどんどん腫れ上がる肉が吸い込まれていくのを見て、本当にこの口の中に出していいのだろうか、壊してしまうのではないかと心配で、こらえていた涙が決壊した。
「あっ! あぅ、ふ、カム、イ、さまぁっ……! だめ、だめです、カムイ様、だめです」
「んっ……、ん……ぅ」
咽の前まできてしまったのかカムイはふっと眉をひそめて、制止も聞かず顔の角度を変え、試すように頬の内側の粘膜に先を擦りつけた。
柔らかくのびる濡れた感触と、誰より清らな顔が淫らに歪む視覚の刺激。強烈な性感から逃れるためにジョーカーは首をのけぞらせて脚を小さくばたつかせる。
「あ、あっあぁあ、ッ! で、出ます、だめ、もうでますっ……、し、失礼しま、ア、……! っぅ……!」
「……んっ……ん!」
絶頂が近いのを聞きとったカムイは収まっていない根元を両手ではさみ、揉むように指とてのひらをからませながらしごいて奥歯の間に射精させた。絶頂の瞬間背中を丸めたジョーカーは出しきると糸が切れたように仰向けに倒れる。
「ん……っゅ……、……ああ……あ、ながれひゃう……」
舌の奥で精液を味わっているあいだに重力に従ってつたい落ちていくものも、カムイは舌を出してぬぐった。そのたびぴくぴくと白い脚が震え、カムイが立ち上がると、ジョーカーはすっかりぐったりと宙を見つめていた。達したばかりの幸福感と大変なことをしてしまったという現実逃避と、本当に受け止めてもらえたのを信じられないような気持ちが混ざって呆然としているのだった。
カムイはそれを見下ろしてこくんと口の中のものを飲み下すと、何やらジョーカーの横にクッションを積みはじめた。
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