「かっ……、カムイ様っ……、カムイ様、そこ、くすぐったい、です」
『んー』
ジョーカーは人の身よりもずっと大きな竜と睦みながらひたすら腹を舐められていた。前戯にじゃれあっているのではない、もう満月の衝動の鎮めは終わったのに長い舌がやたらと舐めたがってくるのだ。
カムイの、特に竜化が深まるときの体液はジョーカーにとって媚薬めいているからたまったものではない。主は満足したはずだが自分ばかりまた熱くなってきてしまう。ジョーカーは思い切って手で舌を拒んだ。
「だめっ、です。またしたくなってしまうでしょう」
『いいよ。もう一回しようよ』
だだをこねて主は裸の少年の姿に戻った。慣れたとはいえ竜の姿との性交はやはり負担が大きい。体を気遣ってくれているのだと感動するが、カムイはそのまま飛びつくようにジョーカーの胸に吸いついた。
「んー、っちゅ、……ゅむ、」
「カム、イ、さまっ、く、なにも、出ませんよ……!」
「ちゅ……。……出なくても、いいんだ。ジョーカーのここ、ちくび、舐めるの気持ちいい」
ひとしきりいろいろなところを舐め、吸い、噛み、ついばんで、やっと満足したようにその日の攻勢は落ち着いた。三の月の「お返し」でジョーカーを口で愛撫することを覚えてからというもの、カムイはさかんに唇や舌を使ってくるようになった。
それはかまわないし、ジョーカーはカムイに何をされても失神しそうなほど嬉しいのだが、なにやら自分の奉仕の役割が奪われ十分に果たせていないような、そんな不安と不満も湧くのだった。
透魔王城の四の月の風のにおいは、耕した土のにおいであった。ジョーカーは城の中庭や渡り廊下を除けば久し振りに外に出た。普段はずっと城にいてカムイの予定の管理をしカムイの世話をしカムイの帰りを待っている。七日に一度は外の畑のあたりまでこうして出ていくのだが、ただでさえ朝が弱いうえに日光も苦手なので億劫がっていた。
「ジョーカー様」
「執事さんだ」
畑の近くの広場に作物を広げて朝の収穫を確認している農夫たちを、朝の機嫌の悪さで睥睨する。この農夫たちは城の使用人や臣というわけではない、いち早く透魔に移住してきた、いうなれば領民であった。まだごく少ない彼らを使用人と同様に統括しているのは一応ジョーカーということになっている。
「ジョーカーさん、おはようございます。眠そうですね」
忙しく立ち働いている広場の奥で、木の折り畳み椅子にかけている男が手を挙げた。うさんくさい笑顔の男は隻脚で、片足が付いているべき土を棒状の木が叩いている。ジョーカーに代わってここをとりまとめている男である。
「おまえらはもう一仕事してきたんだろう。まったく、日がきつくてかなわん。よくやるな」
「同感です。でもそのおかげで作物は育つんですから」
老獪なように見えた男は近くで話し方を聞くと存外少年のようでもある。歳はだいたいジョーカーと同じくらいといった。男はまだ透魔へ人が安全に渡るための泉を整えていないうちから開拓に志願してきた暗夜人で、もとはゼロの補佐のように動いていたレオンの配下であった。畑の管理なんてしたことなかったんだろ、と聞いてみたときには、
『ええまあ、そんな麗しいものは見たこともなかったですからね。盗んでこなくてもスラムにあるのは地下街のそのまたゴミの野菜クズぐらいなもんで。なにしろレオン様に拾っていただいてはじめて作物が土から生えてるのを見たんです、いやブリュンヒルデを見たほうが早かったかなあ……?』
などと、もとは詐欺をはたらいていたのだろうなと思われる軽口に言っていたが、畑の開拓は非常に順調だった。
男はカムイ陛下にぜひ、と色鮮やかなニンジンを見せながら笑う。品定めしてジョーカーは受け取る。
「いいニンジンだ。もらってくぞ。……レオン様も、よくおまえのようなのを手放して、あんなやばいのを連れてるな。おまえはレオン様のとこに戻りたいとは思わないのか?」
「へ? なんでです? 俺はお邪魔で? 毎日楽しいんですがね」
「いや、だっておまえ……」
男は畑に触れたことがなかった、と言うのにやたらと植物に造詣が深かった。学のなかった身で熱心にレオンの持つ書物を読んだのだとは想像がついた。きっとレオンのブリュンヒルデに魅せられたのだ。
ジョーカーはカムイに関係のないところでの人の機微にはうといが、自分と似た忠誠の想いはわかった。レオンはこういう、世をすねた変人をよく拾ってきて、そしてよくもてる。カムイがジョーカーの暗闇にとって光だったように、レオンもまた絶望の中にある人間に気高い星を見せるのだろう。作物を見る目のあたたかさは、今もレオンを憧れるそれだ。ジョーカーは自分ならこんなに主と離れてはいたくないと、この男をある種気遣わしく思っていた。
男は何か察したように、あー、と言った。
「いいんですよ。俺は今絶賛レオン様に命じられた仕事中ですから。……ジョーカーさんにだから自慢するんですが、ふふふ」
にやけて言葉が止まった。やや気持ちの悪いようすだが、レオンからもらった言葉でも思い返しているのだろう。他人事ではないなとジョーカーは思った。
「レオン様は、兄さんの国を助けろ、僕はできないから……と。それが暗夜のためになるとね。
おまえは僕の手で、おまえは僕の足だと。そう言われたんですよ。この片脚のでくのぼうがね。喜んで働かないでかってんですよ」
男の、たえず人の様子をうかがってきたのだろう卑屈に乾いた目の中に、叡智のような光がきらめいた。
「見え方、しだいです。俺にはここの畑全部がレオン様のように見えますよ。この世のことはぜんぜん好きじゃなかったんですけどね。レオン様に拾っていただいてから、なんだかそうでもなくなりました。ジョーカーさんにならわかってもらえるんじゃないかなあ」
「……そうかもな」
正面から肯定するのも癪なのでジョーカーは皮肉そうに視線を横にやって答えた。そしてニンジンと小芋をいくつか、葉野菜などを選り取って城へ帰っていった。
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