【R-18】ポワソン・5月 鯉のうま煮、吟醸花冷え - 2/6

「調理法や料理の種類で、何かあれば」

「そうね……」

ジョーカーはカムイに命じられてアクアの書庫整理を手伝いながら、またカムイの好む白夜の食事について聞いていた。未整理の本をひとかかえ作業台に運んでくると、アクアは休憩中なのか何やら絵を描いた布をちまちまと円柱状に縫い合わせていた。

「調理法というなら、私の魚料理は気に入って食べてたわよ。あれはあんまり暗夜ではやらない感じかもしれないわ……暗夜だとブイヤベースになるものね」

「煮るということですか?」

「そう。甘辛く煮たやつとか。……そうだ、ちょうどリョウマがこっちに来るとき、誕生日祝いのお返しに白夜のお酒を持ってくるって言ってたわね。料理に使ってちょうだい。とても甘みとうまみと香りが出るのよ」

「ぜひご教授ください」

翌週にリョウマ王とカムイの会合が予定されていたので、ジョーカーは会食に白夜料理も供する予定だった。暗夜では魚や肉を煮るときにワインを使うが白夜風の煮物はまた酒の意味合いが違うようだった。

アクアはごく細く割いた竹を布の輪の部分に詰めながら話した。

「煮つけに使う魚は、主に大きい白身の切り身ね。ヒラメだとか……。濃い味付けにしてブリとかの青魚を煮てもおいしいわ。カムイはそっちのほうが好きみたい。……ああ、五の月で魚といったら、鯉じゃない」

「鯉」

「そう。ほらできた。これはおもちゃだけど」

細い木の棒に糸で布円柱をくくりつけたアクアはそれをぴんとのばしてみせた。確かに、黒く堂々とした魚の目や鱗のような絵が描いてある。

「鯉は池や湖に住んでいる魚よ。滝を登ると龍になると言われているから、縁起のいい魚で子供のりっぱな成長や武者の出世を祈る五の月の祭の飾りに使われるのよ、食べると精もつくし」

アクアが棒を小旗のようにふわふわ振ると鯉は空気を呑んで宙を泳いだ。これはカムイにあげるのよと言って一度置き、今度はもうひとまわり小さい鯉を縫い始める。

「アクア様……鯉は、その煮つけに適していますか?」

アクアはなぜか目を光らせてすっくと立ち上がった。

「ええ。祝い料理に出る珍味よ。ジョーカーならそう言うと思っていたわ……」

 

申し合わせて数日後の朝食のあと、アクアとジョーカーは城下を少し南にいったところにある湖に向かった。

アクアは大荷物で、「これは昔リョウマにもらったの」と言った。釣り竿は長くタモ網はかなり丈夫そうなもので、細い針金を撚った釣り糸がついていた。どこへでも一人でふらりと出かけてしまうアクアだが、なるほど荷物持ちが必要だったのだな、とジョーカーは納得する。

「練り餌は用意してくれた?」

「ええ、ご指示の通りに」

「助かるわ。私もカムイに鯉を食べさせてあげたいと思っていたのだけれど、白夜にいたときはたまにリョウマに連れていってもらう以外鯉釣りにいったことはなかったから、一人じゃ自信がなかったの。鯉は力が強いのよ」

アクア様が手こずるほどの力なら私はたいしたお手伝いはできないのでは? と思いながらバケツを持った手で湖の周りに伸びた草を分ける。すると草の色の奥に、花もないのにすっくと伸びた赤が見えた。

「……へえー、すごい針だね。こんなにたくさん? なんだかかっこいいな」

「兄様、あの、尖っているので気を付けてください。あっ、お袖にひっかかっています。おとりしますね」

「はは、カムイ、餌をつけてみるか? ミミズは平気か?」

予想外の人の気配に近付きながら耳を澄ませてみると深い赤色は白夜の男物の着物のかたちをして、その立った足元に少年が三人、いや、少年と少女が寄り合っているのだった。ジョーカーは人物を認識して渋い顔をした。

「カムイ様、どうしてこちらに」

「あら、リョウマ、サクラ。カザハナも……」

「あっ、ジョーカー! アクア! 待ってたよ!」

カムイはにこにこと手を振った。深赤のうす羽織から朽葉色の着流しを透かした偉丈夫が振り返ると、リョウマ王の顔であった。戦が終わって即位したあと平服のリョウマをジョーカーは初めて見たが、なんの飾りも鎧兜もなくとも鮮やかに堂々として、王者らしく見えた。サクラとカザハナは小柄な少年のように動きやすいくるぶしまでの袴姿で、袖をそろいの小花柄のたすきに上げていた。カザハナは護衛らしく袴に二本刀を下げている。

「邪魔をしている。ジョーカーは久し振りだな」

「お久し振りです……」

「ジョーカーひさしぶり!」

「ええ、あの、ご無沙汰しております。リョウマ様、おいではまだ少し先ではありませんでしたか? お迎えの準備が済んでいませんが」

「大丈夫だ、ジョーカー。僕が呼んだんだよ。アクアと魚釣りにいくって聞こえたから、そのことを手紙に書いたら」

「えっ」

どうやらカムイは書庫でアクアとしていた会話を近くで耳にとめていたらしかった。特に困ることではないしカムイが書庫の周りにいることにも問題はないが、料理の算段を知られるのはなにやら調子が狂う気がしてジョーカーは戸惑った。

「気遣いは無用。王とも思わんでくれ。今日は釣りだけで帰るからな。スズカゼがよこしてくれたカムイの手紙に鯉釣りと書いてあって、ちょうどよく時間が空いたんだ」

「わ、私も、兄様と姉様にお会いしたくて、ついてきてしまいました。ご迷惑はおかけしませんのでご一緒させてください」

「……はあ。私はカムイ様がお望みならそれで……」

適当に答えるとリョウマは厳かにうなずいた。

「そうか。では競うとするか」

「僕もやるからね!」

「私、はじめてです……!」

「負っけないよー!」

「はい?」

楽しそうな四人の雰囲気の意味が一瞬呑み込めず、ジョーカーは辺りの状況に視線をはしらせた。釣り竿はアクアと自分が持ってきたもののほかにも数本あった。

「この間はヒノカと目利きの勝負をしたのだろう。タクミが礼を言っていたぞ。俺も相伴に預かったが、おまえの選んだ海老はよい味だった。おまえは暗夜の者なのに白夜の技もすぐ修めるのだな。俺は勝ち負けには頓着せんが、ぜひその新しいことを学ぶ集中力を見せてもらいたいのだ」

「なるほどね。私はかまわないけれど。ジョーカー?」

リョウマは熱くも静かでゆったりとした目でジョーカーを見つめた。背丈は負けていないはずだが大きく見え、頭も下げられていないのに視線の真摯さだけでこちらへの敬意と礼を感じた。ふつうの人間ならばうなずくほかはないのだろうなと感服しながらも、ジョーカーは反射的にちらりとカムイの顔を見る。カムイはねだるように首を傾げて微笑んだ。

「ジョーカー、勉強してきたんだろう? いっしょに釣りをしよう」

「ぜひ精一杯つとめさせていただきます」

今度は頭を働かせる間もなく、ジョーカーは食い気味でにこにこと返事をした。

 

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