【R-18】ポワソン・5月 鯉のうま煮、吟醸花冷え - 6/6

「ジョーカーはい、水を飲んで」

「申し訳……申し訳ありません……」

「だから何も申し訳ないことないんだって」

しばらく繫がったまま密着し、絡みつく脚の力が弱まったところでもう一度した。そのあたりから少しずつ酔いが醒めてきたジョーカーは中の精液を掻き出されそうになって驚いて寝台から飛びのき、触れてくれるな、という悲愴な空気を全開にしながら自分で処理をした。それが終わってからもまだ体を丸めているジョーカーに、カムイは丁寧に檸檬水を渡してやった。いかにも恐れ多そうに受け取る手が震えている。はじめて出会った、年長の使用人の折檻から逃げて隠れていたときのように小さくなっている、とカムイは思った。あの時のように、消えてなくなりたいと思っていたら困る。隣にしゃがみこむとさらに縮こまってしまう体にそっと触れた。

酔っていた先程よりは、少し体温が低くなっている。緊張しているのだ。下半身は裸のままだし。片手をとって握ると、あたたかいです、と力が抜けていく気持ちが体づたいに伝わってきた。

「格好悪いところを僕に見せたくないのは、僕もそうだからわかるけど。でもどんなジョーカーも見せてほしいよ。それを悪いと思わないで。体は大丈夫なのか?」

「はい……。悪酔いするほど飲まされたというのでもないのに、本当に無礼なことを……」

「いいお酒だったってことなのかな? 白夜の酒はおまえも初めてだったんだから、酔い加減はよくわからないよね。具合が悪くなくてよかった……」

ただ優しくいたわってくれる主に、ジョーカーはますます泣きたくなった。

思ってもないことを言って管を巻いてしまったのだ。いや、思っていた。自分の誇りのためにはっきり意識に上げなかっただけで。料理に出そうなほどに嫉妬して心を乱して責めるようなことを言って、優しい主はその醜さに触れないようにしてくれているのだろう。そんな気遣いはやめてほしいと言ったばかりだというのに、気を遣わせているのは他の何でもない、自分ではないか。

「……カムイ様。誤解なさらないでください……。あれは……」

「僕の前でジョーカーががんばってくれてるのも、泣いたり怒ったりするのも、どっちもジョーカーで好きだ。誤解もなにもない」

「お、怒ってなど、いません。結婚なさったら嫌だとも、思ってません。ずっとついていくのですから。ですが……、ですが……」

もはや酔いも醒めたいまは言葉を詰まらせて、どうにもならないのです、とだけうなだれて言った。カムイはきゅんとした。酔ったジョーカーが泣いて言ったことも本当に愛しかったが、それでも美しく強くあろうとする気高さがなお愛しく、自分の執事はやはり格好いいと思った。

「僕だって、他には見せないだめなところをジョーカーにはほとんど全部くらい見られてるんだよ。ジョーカーにだけだこんなの」

「カムイ様には、こんなに見苦しいところなどひとつもありません」

「あったらがっかりする?」

水を飲み込んでジョーカーは視線を上げた。

答えがわかりきっているようなあざとい質問だと思うのに、カムイは本気で不安がっているように見えた。そんな馬鹿な、と思う。悠然として見えるこの人も俺を好きで、離れるのが怖いんだ、と思うと、もう、愛おしくてたまらなかった。

「わっ、な、なんで泣……、やっぱり嫌? こういうのはどうしてもやめてほしいとかあるのか? しないから教えて」

「カムイ様」

「ん、うん……」

「誓って、がっかりなんてしません。全部俺のカムイ様です」

涙ぐむジョーカーに、カムイは嬉しさがあふれたように抱きついた。ジョーカーはあわててグラスを置き、思いきり抱き返した。

カムイはほどけかけている銀髪に頬ずりして言った。

「たまにこうやって、お酒飲んでも飲まなくてもいいから、たまにめちゃくちゃなこと言って、泣いたり笑ったりして、それで、
それで、動けないくらい抱きしめてよ。ずっと」

部屋は酒と魚のにおいがして、二人とも着衣は情けなく乱れたままだし、床に裸足で崩れるように抱き合って、客観的に見ると滑稽な喜劇のようだった。

まだ酒の多幸感が残っているのかもしれなかった。しかし生きているということはなんと幸せなことなのだろうとジョーカーはこみあげるように思って、またほとんど寝技をかけるようにめちゃくちゃに、愛しい主を抱きしめた。

「全部僕のジョーカー!」

カムイは折れるー、と笑って転がりながら、わき腹をくすぐって反撃などした。幼い兄弟のようにじゃれ合って更ける夜の下で、二匹の鯉も寄りそって眠っていた。結局、濃灰色の大物と丸く肥えた二匹は釣りの思い出としてジョーカーに思い入れられ、城の飼い鯉となったのだった。

 

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