【R-18】ソルベ・7月 花とライチのシャーベット - 2/4

蒸し暑さを帯びた夜。透魔王国は花と果実の季節を迎えようとしていた。王城の外気には甘い香りが混じり、窓から入り込むそれと主の汗の香りを、ジョーカーはくんくんと吸い込む。

「んっ……、う、ジョーカー、ジョーカー……」

カムイがくったりと寝そべったベッドのふち、脚の間に跪き唇で咥えて愛しながら、ジョーカーは主の可愛らしい後ろのすぼまりにも愛撫の手を伸ばしていた。

不覚にも主に先を越されてしまった奉仕の方法だ。しかも少し前には白夜の酒で酔っぱらってすっかり主に任せきりで感じ入ってしまったし、その恥ずかしさを挽回するようにジョーカーはここ数回頑張っていた。

「ああぅ……。ジョーカー……ジョーカー……もっと、ほしい……」

「いいですか? もう一本入れますよ。いい子ですね……」

「あああ……ぁ」

弾力のある肉にやわらかく指を沈めていくとカムイはびくびくと震え、一息ついてはぶるりと大きく揺れた。かわいい、とジョーカーは加減を失って脳をとろかせそうになる。

カムイは関節も筋肉も柔らかく、ジョーカーのすることに身を委ねきってくれるので、抵抗なく新しい場所の快感を学んでいた。これはマッサージのような愛撫の一部だとはいえ、普通男がここをはじめて侵食されるときは屈辱と恐怖に身をかたくしているものだ、主がそんな思いをすることなく、王のままでただの奉仕として指を受け入れていることをジョーカーは嬉しく思った。

深い呑み込みを離しキスの雨に切り替えて、ジョーカーはカムイをうかがった。

「ほら……カムイ様、ここは、いかがですか? だんだん変な感じになってきませんか?」

「あっ、あっ、へん。こ、これが、ジョーカーの中の少し違うところか? ジョーカーはここが、はぁっ、気持ちいいんだよ、ね」

「はい。男はここを刺激されるとよくなってくるんです。俺も、カムイ様にしていただくまでわかりませんでした……。それに奥も、とてもよくて……」

まださすがに中の一部での性感はとらえられていないようだったが、カムイはジョーカーの言葉と愛撫に喜びとろけてくれた。ゆっくりと、お互い汗を流しながら快感の波を押し上げる。

「ああ、ああ、ジョーカー、もっともっと」

「ふふ、無理なさらないでください……。指よりいいものを今度は用意いたしましょうか」

立ち上がった根元になだめるようにキスをして、ジョーカーは後ろへの愛撫を終えた。体温が離れた寂しさを感じる前に跨ろうとすると、主は少し体を起こし、服を引っ張るようなしぐさで腕に触れてきた。

「ジョーカーをくれないの?」

「え?」

「ジョーカーの熱いのを、入れてくれないのか」

意味を把握するより先に弟王子のところの変態が浮かんでくるような言葉で、絶句した。割り込んでくんなこら、と変態に苛立ちをつのらせながらいったん脇に置き、意味を噛み砕く。

やはり主従にあるまじきことを望まれていると理解して、ジョーカーはかっと赤くなりながら戸惑った。

「え……そ、そんな……」

カムイはジョーカーの困った顔と、しかし萎えるでもない興奮をじっと見てから、切り替えたように触れていた腕を引き体勢を逆転させた。

「か、カムイ様」

「さわり方を教えてほしい。僕はジョーカーみたいに上手にできてる……? してもらって、少しわかるような気がしてきたけど……」

つぷ、と、来る前に香油でほぐしてあるそこに指がもぐりこむ。それだけで嬉しくて嬉しくて、きゅうきゅうと小刻みに締めつけてしまう。カムイは上手に決まっている、ジョーカーに対しては。ただそこにいて触れられるだけで、何もかも忘れて天にも昇るようなのだから。

「ふ、ン……っぅ、」

「ちゃんと教えて。全部いいなんてだめだよ。ジョーカーともっと気持ちよくなりたいんだ」

「……は、はいっ……、努力、いたしますっ……」

自分の愛撫でやわらかく火照った扇情的な主の裸を見ながら、ジョーカーはできうる限りは所感を言ったが、そのうち参考にならないことになっていった。

 

 

終わったあと、暑いのに離れずに息を整えながら、ふとカムイが言った。

「ジョーカーにもしてもらいたい」

確かに後半はカムイにしてもらうばかりになってしまった、とジョーカーは反省して許しを乞うた。

「……申し訳ありません。ご奉仕が……足りませんでしたか」

「そうじゃなくて。ジョーカーも、僕の中に入ってきてみてほしい。おまえが受け入れてくれてる気持ちが知りたい」

思いがけず蒸し返されてジョーカーは驚いた。「入れてくれないのか」というのは昂りすぎて言ってしまった気の迷いというわけではないらしかった。

今度はしっかりと拒否せねばならない、とジョーカーは咳ばらいをひとつして渋い顔を作ってみせた。

「だめです」

「どうして? 僕もおまえも男だし、嫌がられてないと思ったから、できると思ったんだけど……」

「嫌がるなどありえませんが、カムイ様に痛い思いをさせるなどとんでもないことです。私なら今はその、大丈夫ですしとても快いですが……。それよりも、男同士のこういったことというのは、ン……、
入れるとか入れられるということは、お互いの立場の確認という意味もあるものなのですよ。私はあなたの所有物ですからあなたにご奉仕してあなたに抱かれるのが嬉しいのです。さっきのような触れ方は出過ぎたまねなのかもしれませんが、あくまでご奉仕の一環としてです」

「……立場なんて。確かに僕はジョーカーの主で、おまえの居場所にふさわしくありたいと思っているけど。でも威張って抱いているみたいなつもりはないよ。ジョーカーが捧げてくれるように、僕もあげたいし、おまえが愛してほしいと思ってくれてるなら、僕もまったく同じなんだよ」

向かい合って寝転がり、カムイは明らかな誘惑を発して首を傾げた。

「……僕は魅力的な獲物じゃないのか?」

ジョーカーだけに見せる甘えた傲慢さと、ほんの少しの心細さを宿した上目遣いに、ジョーカーはもうめちゃくちゃに興奮せずにはいられなかった。

やばすぎる。魅力的に決まっている。愚問だ。ジョーカーは何より先にカムイに奉仕する者だが、事実愛しいものを狩って平らげてしまいたい男という生き物でもあった。

「ですが……ですが……」

この機会になんでも言うがいい、というようにカムイは誘惑をひとまずおさめてじっと見つめてきた。

「ですが、俺は、俺だって、カムイ様が愛らしくてたまりませんが、正直なことを言えばその、不敬ながら、そういうようなことを思ったこともありますが、……しかしもし、もし万が一カムイ様が、」

「うん」

「そちらの方をお好みになったら、俺では物足りなくなるかもしれませんし……俺ではない者を寝所に……それは少し……その……」

消え入るような声を注意深く聞き取ってから、カムイはぽかんとした。主の沈黙を呆れられたと思い込んでジョーカーは狼狽した。

「も、申し訳ありません。わがままを申しました……。カムイ様のおそばに置いていただけるなら、私はなんだってかまいません」

「……ふふふ」

カムイは笑って目の前に縮こまる体を抱きしめた。

「カムイ、さま」

「大丈夫。ジョーカー、大丈夫だよ。大好き。そばにいてくれるなら、僕にしてほしいことはなんだってしてあげるからね」

甘い甘い声で過度な寵愛を与えられて、主にそんなことを言わせてはならないのにと泣きそうになる。けれど主がこんなに自分に甘いのは、本当に信頼してくれているのだとも思われるのだった。もうとっくに小さな子供ではない。お互いしかいなかったから居場所を与え合っていた幼く切実な共犯関係ではなく、おおらかに優しい余裕のある声だった。

「カムイ様」

「うん、ジョーカー」

「よろしければ、次の夜伽に、励ませていただきます」

体温に速い鼓動を埋め込むようにきゅうと強く抱き返した。カムイは髪を撫でてくれて、ゆったりと答える。

「いいの? いやなこともしてほしいこともちゃんと教えてくれ」

「……では、」

ジョーカーは気恥ずかしく身じろぎして一呼吸おいた。

「もう……一回……、抱いてほしいです……」

当たっていたので今更だった。もちろん快諾され、もう一回だけとはいわず蒸し暑い空気の中長々と汗を混じり合わせた。

 

 

「おにーちゃん、こんにちはーっ!」

「エリーゼ~! 大人っぽくなったねえ!」

「でしょでしょー!」

晴れ渡った空と濃い緑をくぐり、白馬に乗った二騎が透魔王城に訪れた。かねてからエリーゼが来ることになっていた。エリーゼは長くやわらかな金髪をおろして巻き、乗馬服も貴婦人のラインのものに大きなリボンをつけて、プリンセスらしい装いになっていた。

最近は暗夜の食糧事情や治安の改善のため、エルフィを連れて各地を飛び回っているらしい。殺伐とした戦前の暗夜王城では、皆のぎりぎりの心の拠り所としてその子供らしさをすがるように必要とされていたエリーゼも、ひとまずの平和が訪れてからは持ち前の奉仕の精神や度量の深さ、揺るがぬ意志をすぐれた王族の資質として花開かせつつあった。

とはいえ兄に贈るための花をいっぱいに抱え、飛び跳ねて喜ぶ姿はまだまだ童女のようだ。昨夜さんざん暗がりで彼女の兄を独占したジョーカーはまぶしすぎて直視できない。さらにエリーゼの護衛についている騎士というのがまた善良な顔でぼさっとしているものだからいたたまれなさも倍増しである。

「よう、ジョーカー。もう昼なのにどうしたんだ? 顔色が悪くないか?」

サイラスにはもちろんまったく悪意はない。

こちらも遠慮なくお人好し騎士の足を踏みたくなったが、カムイとエリーゼの目の前で八つ当たりをするわけにもいかない。馬を預かりながら目だけでほっとけと返事をする。

「エリーゼ様。今日はエルフィをお連れでないのですか?」

「うん。エルフィにはおやすみをあげてるのよ。会いたかった? エルフィよくジョーカーの話するから喜ぶよー」

「そ……うですかー……」

俺の話じゃなくて俺の飯の話と菓子の話の間違いだろ、また瞬殺で食い荒らされるなら俺は会いたくない、と思いながら正直ほっとした顔を取り繕った。

「カムイお兄ちゃんのお城は今いちばん危なくないでしょ? いつもエルフィには気を張らせちゃってるから。それに今日はこっちの植物を分けてもらう話に来たんだもん! 農場の管理してるのって、サイラスのお友達なんだよね? だからお願いしてついてきてもらったんだ」

「ジョーカー、あいつは元気でやってるか? レオン様とゼロから土産も預かってるんだ」

農場の管理役といえばゼロと同じ穴出身の元レオンの配下のことである。一体こいつの謎の人徳は何がどうしていつの間にあの種の人間とオトモダチになっているのだ、まさか何かやばい相談を聞いてやってるんじゃないだろうなと、あっけらかんとした笑顔を空恐ろしく思う。

「あっついねえ」

エリーゼは薄手のケープを脱いで小さな袖から手袋までの腕をあらわにした。暗夜では考えられない蒸し暑い空気に、外からも荷台からも花と果実が香り立った。

 

「わあああ、ベリーです! こんなにいろいろ!」

「あっこらおまえは触るんじゃねえ、ぶちまけるぞ!」

「ありがとうございます~エリーゼ様、なんか王女様にうちのおつかいを頼んだみたいになっちゃいまして非常に……」

大荷物の中身は透魔の農場で改良を試みるためのさまざまの暗夜植物の苗と、エリーゼの贈り物の花、そしてベリーのつまったカゴと氷の塊がいくつかだった。氷の塊は気温の高さにも負けず、わずかにぽたぽたと石の床に融けるだけでしっかりしたかたちを保っている。はわ、とフェリシアが両手をかざすと冷気が漂い、氷の融解は止まった。

「全然いいんだよ! あたしもごちそうになったし、こっちこそフローラやフリージアのみんなにはすっごく協力してもらってるよー。このお花だって王都からじゃなくて、もっと遠くからきたんだよ! すごい力だよね」

「うん。うちにはフェリシアがいるからいつも不自由なくて助かってるけど、ふつうは腐ったりしちゃうものな」

種々のベリーは氷の一族の名産のものだった。木苺のいろいろ、黒すぐり、こけもも。透魔は気候や地形の変化が豊かで多くの作物が実るが、さすがに北の国のベリーの種類は圧巻だった。エリーゼは氷の一族の自治区との親善の窓口もしていた。

「サクラに白夜の『ヒムロ』っていうのを教えてもらって、でもあれは雪を閉じ込めておいたところに、たくさんとれたときの作物を保存しておくんでしょ? いま暗夜で麦以外が余っちゃうほどとれる場所なんて、ほとんどないもん。でもフリージアに行ったら、なんか氷を運んだりしてるから」

「氷を切り出したり運んだり、食べ物が腐らないように使うなんて、当たり前のことだと思ってましたー……。こんなふうに里の外で使ってるのを見ると、確かにものすごいことですよね」

氷の一族の力を使った食糧輸送技術や経路の確立に、今エリーゼは着手している。今までは氷の一族が強硬な圧力で暗夜に服従していたような状況だったために、提案する者も協力する者もいなかった。それ以前に諸侯がいつ互いの寝首をかかれるかと疑心暗鬼になっているようでは、広域の経済が衰えて当然だった。

「エリーゼはすごいわね。これがうまくいったら……」

「そう! これがうまくいったら、どこに住んでる人でもきれいなお花と、おいしいシャーベットが手に入るんだよー!」

エリーゼの興奮した熱弁にアクアは止まった。一同、思っていた展開と違う言葉を一度反芻する。

「花……と、シャーベット。確かに手に入るね……?」

「あーっ、お兄ちゃんたちもそういう顔するー。でもいいよ、レオンお兄ちゃんなんて『そこじゃないだろ』ってものすごい笑うんだもん」

エリーゼはむくれながらも、伝え方を考えてむうとうなった。

「パンとかお肉とかチーズとかが大事なことは、あたしだってよくわかってるよ。でもそれだけじゃ病気になっちゃうよ。このベリーとか果物はね、きれいでおいしくて気分がさっぱりするだけじゃなくって、病気を防ぐ栄養になるんだって。
心だってそうだよ。お花は王城のお庭で庭師が丹精する大きな薔薇みたいなぜいたく品だけじゃなくって、きっとみんなの心に必要なものなんだよ」

「直接役立たないように見えることや、『あそび』の部分も人間らしさには必要不可欠、ということですよね。部隊を動かしていて俺も思いますよ、エリーゼ姫」

黙っていたサイラスがエリーゼの熱弁をまとめた。サイラスはよく部下や友人に振り回されて必死になったり弱り果てたり忙しい割には、底のところに何か余裕がある。だからなおさら頼られてしまうのだろうが。

「そうなんだよー! サイラス!」

「ははは、武骨な言い方で申し訳ない。花を飾るとか美食とか調度品とかはジョーカーに任せておきましょう」

姫君がうれしそうに騎士とハイタッチをする図を見ながら、ジョーカーは不覚にも少し救われる思いがしていた。一見必要のないものを愛することが、人間らしさ。花や果実や氷菓子のような清涼と潤いが、心を豊かにするのだろうか。

自分が主に後ろ盾も世継ぎも、晴れがましいものはなに一つ与えられず、もはや主従も関わりなくただ心ひとつだけをもって主を愛し、愛されていることは、主にヒトらしさを与えられるのだろうかと。

 

→次ページへ続く

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