【R-18】ソルベ・7月 花とライチのシャーベット - 3/4

『わたしの唯一の得意料理をエリーゼ様に召し上がっていただくのです!』

『でもやっぱりこわいのでちょっとしたら来てくださいジョーカーさん』

と言って、荷台とともに厨房に出撃するフェリシアを尻目に、素早く夕食のテーブルのベースを飾りつけ、ちょっとしたらってどのくらいだよ厨房壊すなよと思いながら、ジョーカーは習慣としてカムイの姿を探していた。

カムイの気に入りの中庭は王城らしく散歩の休憩や歓談によい木陰や四阿、噴水などがそこここにあったが、全体的にはひらけていてどこに人影があるのかわかりやすい、暗殺者の潜みにくいつくりになっていた。今日もすぐにカムイの姿はみつかった。サイラスと話しながらじゃれ合っている声がしたからだ。

ジョーカーはいつもカムイの居所を把握していようと探しはするが、それ以上近付くことはしない。スズカゼのようには気配を消せないし、カムイのふるまいの邪魔になってはいけないからだ。呼ばれたときや近侍するとき以外はなるべく気にさせないよう、主の視界の外を立ち働く。それが使用人の心得というものだ。カムイもそれを汲んで、遠く近くそばにあるジョーカーの気配を常に感じ取りながら、体の一部のように気にせずにいてくれる。だが今回はもう一人のほうが目ざとく声をかけてきた。

「おーい、ジョーカー!」

サイラスは手を振って呼んだ。意味がわからない。ここへ来ていっしょに話せ、とでも言うのか。ジョーカーは嫌な顔をかみ殺す。サイラスは子供のころの知り合いで気を遣わなくてよい相手ではあるが、自分は足蹴にするような相手に主君は親友として接するのだからまったくやりにくい。二人が一緒にいるところに呼び寄せられるとサイラスがボケたことを言うたびにかぶっている猫を振り落としそうになる。誓って主への態度に嘘はないのだが、主の前で他の者に取り繕った態度をとることはわりと嘘である。

「サイラス。カムイ様は王におなりあそばしたんだ。あんまり馴れ馴れしい真似は慎め」

呼ぶ声に応えて近付きながらたしなめた。子供のころの感覚がそのまま残っているせいでサイラスとカムイは妙に距離が近い。

「ジョーカー、僕がそうしてほしいって言ってるんだ」

「カムイ様はそうおっしゃると思いましたし、美しいお心ばえですが、立場のけじめはしっかりとつけなければ王をお守りできませんので」

「はは、ジョーカーがいればカムイ王は安心だな。マークス様が心配なさってたんだよ、カムイとアクアは器量はあるが人に恐れられるような雰囲気ではないからって」

「そうだ。安心だとお伝えしろ。カムイ様の王の威厳はジョーカーがお守りする」

「伝言確かに承った。しかし本当にカムイは背が伸びたなあ。ほら、ちょっとジョーカーどっちが高いか見てくれ」

「だからべたべたするなって言ってんだろうが! あっ、カムイ様、サイラスを少し越しましたよ! おめでとうございます! というわけでおまえは離れろ」

背中からサイラスを引っぺがしたジョーカーの顔を見てカムイは微笑んだ。威嚇する犬のような表情を見られているのに気付いてジョーカーははっと恥じ慎む。その変化にもカムイはますます笑んだ。

「サイラスと話してるときのジョーカー、僕好きだな」

「お見苦しいところを」

「あっ、そうだ、ジョーカー、サイラスに庭を案内してあげてくれないか? 僕は農場の方にエリーゼの様子を見に行く」

「……陰からご覧になっていたりしないでくださいね」

「しないよ。サイラス、ニュクスによろしく。遅くなっちゃったけど、チョコレートのお礼によかったら花畑から好きなのを持っていってあげてくれないか」

 

「うーん、責任重大だ。見たことのない花ばっかりだぞこれは。なあジョーカー、どのくらい選んでいいもんだ」

「カムイ様が好きにとおっしゃったんだから好きなだけだ、明日適当に花束にしといてやるから一抱え以下にはしろよ」

庭園を見せたついでに農場にレオンの土産を届け、城内に飾る花や薬効のある草花を育てている一面の花畑に連れてくる。鎧を着ていない暗い色の乗馬服で、花々の中で首を傾げているサイラスはまったく普通の朴念仁男だ。その景色を見て、とてもニュクスのような特殊な女とつきあってるとは思えないなとジョーカーは思う。

「なるべく暗夜に生えてないような、薬になるやつをもらっていきたいんだが。おっ、これなんか初めて見たな?」

「馬鹿、それ王城にもよく飾られてるぞ。そういうことなら花束じゃなく少し干しといてやる。これと、これと……」

「あ、悪いな。助かる!」

「……おまえ、ニュクスとは、やってんのか?」

「は」

薬草を摘む手を休めなかったので顔は見えなかったが、サイラスの息が止まったのがわかった。

「……そ、ご婦人のそういうことを話題に出すんじゃない!」

「そうか。悪かったな。ならもしもの話なんだが。傷つけてはならんと思うものを力いっぱい抱きしめたいとしたら、騎士サイラスはどうするのか、今後の参考までに聞きたいと思ってな」

再びサイラスは黙った。珍しく殊勝に謝ったかと思えばジョーカーは質問のゆくえにかまわず移動しながら薬草を摘む。架空の話を答えるサイラスが独り言を言っているようなかっこうになる。

「……そりゃあ、守らなきゃならん、か弱い人はそっと扱うさ……。それが騎士の心得だからな。でもなあ……」

「おう」

「子供扱いかと怒られて、風で吹っ飛ばされたこともあるんだよな……」

想像して思わず笑ってしまった。噴き出すと同時にジョーカーはふいに二人を祝福する気持ちになった。

「まあそんなわけで彼女は、いや、うん、嫌なら俺を吹っ飛ばすし、嫌とも言うんだよな。要はその大事な人をしっかり見て、ちゃんと一人の大人だと認めろってことなんだよ。
強い人だから、俺のほうが大事にしてやりたいしてやりたいって甘えてしまってたんだ……。今思うと、小さいときのカムイにも俺はそうだったのかもな」

「成長がないな」

ジョーカーは自分に対しても皮肉を言った。

「いや、そんなことはないさ。相手を大人だと認めて大事にするっていうのはやはり大人にしかできないんだ。それもたぶん幸せになれる大人だな。俺は今幸せだよ」

花を見分けられずに突っ立ったまま、朴念仁ははにかんで笑った。

 

 

「ジョーカーさん! ジョーカーさああーーん!」

「ええいめちゃくちゃ響き渡ってんだろうるせえな! 来てやったぞ! 何が得意料理だ大口ばっか叩きやがって」

「はっ! 助かりました~!」

フェリシアはエリーゼの持ってきたベリー、そしてこちらで採れるライチの実で、コースの途中に出す口直しのシャーベットを作ることになっていた。袋に入れた果実などを腕力で絞ることと、ものを凍らせること、氷を割ったりひたすら削りまくったりすることだけが台所でできることであるフェリシアには、シャーベットづくりは確かに唯一できる料理なのだった。だが……、

「ら、ライチはうまく絞れなくて」

「まあそうだろうな。果汁より果肉のものだから当たり前だろ。それでどうした」

「種だけとって、あのそれはほかのみなさんが言い出して手伝ってくれたんですが、あとは自分でできます~って言って、凍らせました!」

「おまえにしてはまともな対応だな。まあ他にすることもないだろうが」

「やった~!」

「で? 本当にあとは自分でできるのか? できないのか?」

ぴょこぴょこ飛び跳ねて喜んでいたフェリシアは瞬間的にどんよりと止まった。

「うう……どうしたらいいかさっぱりなので呼びました……」

「そうだな。他のやつらにわけのわからん見栄を張ったことはともかく、食材をムダにしなかったことは褒めてやる」

フェリシアを尋問しながら厨房用のコートを羽織って袖を整えたジョーカーは手を洗い、ボウルの中のライチの果肉の状態を確かめた。しゃりしゃりとしているが、凍りきっているというわけではない。

「包丁をよこせ。でかいやつ」

「え? 果物ナイフじゃなくてですか」

「そんなちんたらやってられるか」

南瓜でも割るような刃で、ジョーカーはボードに載せたライチをざっくざっくと切り刻んだ。

「ほわあ! なるほど」

果肉自体には触れず、大きな刃の背にもう片手をついて体重をのせながら線維を細かく断っていく。フェリシアの手ではないから、触れては体温で融けてしまうし何より冷たくてやっていられない。適当に切れるところまでざくざくやると、ジョーカーは手首を振ってぷいと足を動かした。

「え、え、見捨てないでください~!」

「違う、それここに入れろ」

ジョーカーは特殊なナイフや調理器具が入っている抽斗を開け、金属の筒と、なにやら刃がいろいろな方向についている棒を取り出した。なんかすごい痛そうな暗器だ! とフェリシアは思った。

ライチを筒に入れる。なんかすごい痛そうな暗器の鍔のような部分をおさえて柄にあたる部分を引くと、刃は回転しながら引き上がった。それはライチの入った筒の中にちょうどすっぽりと入り、鍔のようだった部分は筒の蓋としてはまった。

「え? えっえっなんですかそれ」

ジョーカーは覗きこんでくるフェリシアを肘で追いやりながら、引き上げた持ち手を勢いよく下へと押し出した。すると、ざく、という音が筒の中から聞こえた。見えない箱の中で人の体がナイフに刺される残酷な奇術のようだが、どうやらジョーカーが柄を引いたり押したりすることでライチは粉々に潰れ混ざっているようだった。シャクッ、という小気味よい音が聞こえはじめる。

――シャーベットの音! フェリシアは(武器の使い方を身に着けるカンで)道具の用途を理解した。

「とまあこんな感じだ……おまえは調味用のレモンでも絞ってろ」

「最近なんかマッシュポテトがすごい速いと思ってたらこんなものが! なんですかこれ! ジョーカーさんこのお城に来てから見たことない道具いっぱい使ってますね!」

「フン、カムイ様が最近朝食に野菜と果実のジュースをお好みだからな……栄養と繊維をしっかりとっていただくために、細かく切り混ぜる道具だ。カムイ様のお望みを満たすのは俺の当然の仕事だからな」

「すごいすごいやりたいですやりたいです」

遊具を見た幼児のように目を輝かせるフェリシアを無視してジョーカーは黙々とシャリシャリやった。気温が高いのだ、遊んでいる場合ではないし、フェリシアに持たせたら遊びと呼ばれる状態にすらならない。

「おまえは絶対に触るな。これ何をもとに作ったと思う?」

「はっ、そういえばこんな複雑なものいきなり発明とかヘンです。えっ……ぐるぐる回って押し出されるのは……ねじみたいな……? 刃のつきかたもすごい効率よく潰せるようになってます……」

「拷問道具」

「ヒェッ」

フェリシアは跳び退いた。共同開発者は農場管理の隻脚の男だった。当時はこんなことまでしなくていいだろうにと思ってましたけど、同じ道具でできるものは大違いですねえ、いやあ便利便利~、という胡散臭い笑顔が思い出された。

 

 

夕食会はつつがなく行われた。初夏に実をつけ始めた色鮮やかな野菜の前菜と、冷製の南瓜ポタージュ、アクアが趣味で釣ってくる大きな魚の切り身をソテーしたものを順に少しずつサーブする。エリーゼは幸せそうな笑みを満面に広げる。

「ジョーカーのお料理はほんとにおいしいねえ~……」

「恐縮です」

「アクアお姉ちゃんがうらやましいよ」

「あら、私だけ? カムイはどうなるの」

「ジョーカーのお料理はカムイお兄ちゃんとセットだもん。お兄ちゃんが北の城砦にいたときは、カミラお姉ちゃんが明日はあっちで晩餐もいただいてくるのって言うとあたしもあたしもって絶対お願いしたんだよ」

「ジョーカーの料理や紅茶がみんなを僕のところに呼び寄せてるところもあったかな」

「そのような。皆様カムイ様に会いにいらっしゃっていたに決まっているではありませんか」

カムイに同席を乞われたサイラスを含め皆が談笑する。

アクアがいることを除けばその場は、北の城砦へ王子王女たちが束の間幻のやすらぎを得に集っていたころによく似ていた。孤独だった少女のアクアがカムイと並んでいたということも、ありえないが、ありえたかもしれない光景として想像された。

確かにエリーゼが通ってくるようになったのはジョーカーの料理もずいぶん上達してからだったが、それでも今思えばたいした腕前でもない。きっと食事は息が詰まる宮廷で食べるよりも、のびのびと笑い合って食べるのが一番の美味なのだろう。

「みなさま! お口をさっぱりさせるフェリシア印のシャーベットでございますよ~!」

ワゴンを押すジョーカーの後ろで、馬車の後ろの太鼓を鳴らす役の旅芸人のように口上を述べながらフェリシアが入ってきた。ひっくり返されないよう運ぶのはジョーカーだが、品にフェリシア要素が六割くらいはあるのでまあフェリシア印を名乗ることを許した。

エリーゼはころりと器に入った赤紫と白の色合いを覗きこんで喜んだ。

「お花みたいにきれいだね! あれっ、じゃなくて、……ふふ、お花だ」

ふたつのシャーベットの塊の上には可憐な黄色いすみれの花が飾られていた。普通シャーベットの上に飾るならば噛んで清涼感のある香草の葉だが、花めいた色にはその飾りがよく似合った。

「いただいたベリーと、透魔のライチのシャーベットでございます。花には毒性のあるものもありますが、上に乗ったそちらは食用に育てた花です」

「えっ、食べられるの? お茶とか砂糖漬けとかじゃないけど」

エリーゼは驚いて花をシャーベットといっしょにスプーンですくった。きらきらした目を見て、アクアが一人納得したようにうなずく。

「そうね、確かに暗夜では、かたちがそのままの花は食べないものね……。……うん、おいしい。エリーゼ、食べてみて」

見とれていたエリーゼはアクアに促されベリーのシャーベットと花を口に入れた。苦い味を予想したのか恐る恐る噛んだが、すぐにその顔は発見の喜びに染まる。

「すてき! モキュッ、て、葉野菜より繊細で、でも噛んだときの感触があるね!」

「白夜ではけっこう花を食べるのよ。菊とか。見た目だけじゃなく華やかな歯ごたえよね」

「よかった、気に入ってもらえて。エリーゼに『お花を食べるなんて』って怒られたらどうしようかと思ってた」

「えっ、怒らないよ! 星を食べてみたいなとか雲を食べてみたいなとか思ったことあるけど、シャーベットとあわせたらほんとにお花に想像してたとおりみたいな味! これってなんだかすごいことよね。今度サクラに教えてもらうことが増えちゃった」

ライチのシャーベットも口にして、エリーゼは幸せそうに目を閉じた。

「ライチも、甘くてふしぎないい香り。お花の力が体の中に入ってきてくれるみたい。なんだか気分がぱっとして、ちょっとくらいのつらいことだったら、これで忘れちゃいそうだよ。ジョーカーとフェリシアはお兄ちゃんたちのことが好きなんだねえ」

ジョーカーとフェリシアはそれぞれ違う意味で目を丸くした。

「ふぇ、フェリシア印じゃないとどうしてばれたのです……」

「は……、もちろん主は、何より大切ですが。なぜそういうことに」

エリーゼはにぱっと笑った。

「すてきなものがあったら、みーんなあなたに教えてあげるね! って感じがするもの。エルフィもあたしに、地下街でみつけたお花をいちばんに見せてくれたよ。好きってそういうことでしょ?」

「……そういうことですねえー!」

フェリシアが納得の歓声をあげた。ジョーカーも静かにうなずいて、主にそっと視線を移した。すぐに気付いたカムイはシャーベットをすくったスプーンを軽く上げて口に含み、やわらかく愛しげに微笑んでみせた。

 

→次ページへ続く

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