【R-18】デセール・12月 りんごと梨のケーキ - 2/5

満月の夜。ジョーカーは寝台の上で膝を立てて閉じ、その間に猛る竜を包んで受け入れていた。太腿に挟んでも大きな楔は、ぐぽぐぽと音をたてて先を貫通させている。それを手でたまらないようにいとおしむ。

「んっ、んぁ、ああっ、カムイ様。気持ちいいですか。どうぞ、どうぞたくさんお情けを」

もうこれで今夜は三度目のことだ。強く突かれながら、触れたいあまりに両手を使ってしまっているので上半身は寝台に突っ伏して揺らされるがまま。ぬるぬるの会陰を繰り返し同じ律動で擦られ、萎えない硬さに頭がぼうっとするような快感を与えられ続けている。必死な愛情にあふれた手にびくりと震えが伝わり、歓喜の吠え声が響く。熱く量の多い精はたっぷりとジョーカーの腹から顔までも濡らす。

 

カムイは人の姿に戻って少しジョーカーの腕に安らいだあと、起きて明るい月の明かりで書類を眺めだした。ジョーカーは裸の肩に厚手のガウンを着せかける。外はしんと冷えているが、布地は暖炉の遠火であたたまっている。カムイが仕事を気にかけてもゆったりとした様子なので、ジョーカーも寄り添って体温で主を温める。

「ジョーカー、寝ていいよ。疲れただろう」

「お気になさらずにご覧になっていてください。こうしていたいのです。もし書類に不明点がありましたら、お聞きください」

「ありがとう。そうするよ」

見ているのは同盟国から透魔に移住を希望している軍人や新兵たちの名簿だった。不可視の国で、内々に動いていることとはいえ、他国から軍人を引き入れるのだ。どこかしらの思惑の息がかかっている者もいて当然と思わなければならない。

これまで通り透魔王国のことは共に戦った仲間たちしか知らず、これからもごく狭い王族どうしの交流を基本とした外交が続けられていくだろう。その秘められた国に新天地を求めたい者に、暗夜はレオンとゼロ、白夜はツバキやアサマがうまく話を通してくれている。

「確かにここはすごくいいところだけれど、こんな隔離された国にずっと住みたい人がこんなにいるとは思わなかったんだけどなあ」

思いのほか集まった経歴書に一枚一枚一生懸命目を通し、自分の民になる人々に慈しみの気持ちを注ぎながらカムイは言った。

「何をおっしゃいます。楽園のようではありませんか」

「それは暗夜よりずっと気候はいいし珍しい食べ物も豊富だよ。でもここは白夜や暗夜と違ってもともと住んでる人っていうのがいないし……たとえば外の世界で何が流行っててもあまりわからないだろう? そういうのってちょっと寂しいんじゃないかな。もといた国の友達とかとも離れて、そう簡単には会えなくなってしまうし」

「もといた国で何が流行ろうと、いずれこの国でも何かが流行りだすのですよ。カムイ様やアクア様が身に着けるものやお好みの趣味などがそうなるでしょう。友人だって新たに作れるのですし」

「そうか。そうだね」

しばらく書類に目を通すカムイに付き合い、質問にできる限り答える。ある経歴書を読んだとき、カムイの動きが止まった。また何かわからないところがあるのかとジョーカーも書類の束を覗きこんだ。

「どうされましたか?」

「ジョーカー、この人は、ほらここ。間違いかな?」

指さされたところを見ると、そこには軍人の男の家族構成が書いてあった。

新天地に移住を打診される者たちは能力や人柄を大事に選ばれているものの、基本的に、言ってしまえば居場所のない根無し草だ。生まれつき近い家族のない者、身分が低く領地を持たない若い遍歴騎士、農家商家の三男坊、生まれた地域では上官からも家族からも働きを評価されない女兵士、さまざまな理由から迫害を受けるしがらみにとらわれた者。そういった孤独の烙印や手枷足枷を負った者たちは、きっと同じように孤独の気配をまとったカムイやアクアに心を慰撫され忠誠を誓うだろうとジョーカーは思う。たとえば自分がそうであるように。

カムイが気にした軍人の男は暗夜の騎士の家系の生まれで、父母も健在で、一人息子であった。ジョーカーと同じくらいの年頃である。確かに新天地を求めたい理由が見つからないどころか、家からいなくなっては困るような状況だ。

「あ、これ……『当家の爵位はわが従弟に相続権を譲るよし、王陛下の承認を賜りて』って、この人の字……かな。でも……」

カムイは視線を迷わせては件の箇所を見つめ直し戸惑った。

「やっぱり、この人はやめておいたほうがいいんじゃないか? 兄さんも推薦の立派な人みたいだしこちらに来てくれたらうれしいけども、お父上とお母上がいるのに、離れて無理をしてまでは……」

「カムイ様。ここまで書いてあって無理をしているとは読み取れません。この者はカムイ様の民になって働きたいのです。その意思表示です」

「そうかもしれないけど」

「ユウギリもそうでしょう。あれも大領主の一人娘だったはずです。カムイ様のお母君にお仕えして幸せだったのですよ」

「でも、ユウギリはずっと家族と和解したがっていたよ。この人も……」

「カムイ様、家族と離れたい者もいますし、離れるべき家族というものもこの世にはあるのですよ」

カムイが驚いた顔をしたので、ジョーカーは自分の声の鋭さに遅れて気付いた。謝ろうとしたが、先にカムイが素直に浅慮を恥じる表情になった。

「そう……なんだね。ジョーカー、ありがとう」

「いえ、差し出た口を……たいへん失礼いたしました」

「いや。これからも教えてくれ。おまえが頼りだから」

屈託なく「頼りだ」と言って微笑む主に冷えた心が満たされた。光栄です、とはにかめば、ふたたびもとのように書類の検分に戻っていく。

「この人は練兵が得意なんだね。新兵を一人前に育てて士気と練度の高い部隊を作りたいって」

「質の高い教導や、よい雰囲気づくりができる人材は重要ですね。農場のほうはそれでずいぶんと助かっています」

「ジョーカーは、どんな仕事をしたい?」

自分のことを聞かれてジョーカーはぽかんとした。家業を継ぐのが決まっていない庶民の子供や、書類の者たちのように新しいところで働きはじめる者に聞くのでもなし、将来の展望を聞いているのではないだろう。どんな仕事もなにも、ずっと「カムイ王子の執事」をやっている。これからもそうだ。

「どんな……とおっしゃるのは?」

「ええと……将来的に、こうしていきたいっていううことはあるか? 仕事じゃないことでも……」

「? もちろん、私のしたいことはカムイ様のおそばにお仕えすることです。生涯お仕えできたらと望んでおります」

「ありがとう」

カムイは蜜がとろけるように笑った。それからまたはっと気を取り直して、さらに聞いてきた。

「具体的には、ジョーカーはどういう種類の仕事が好きなんだ? 特に何をしているときが一番やりがいがあるのかなって」

そういうことか、と納得してジョーカーは考える。

「そうですね、カムイ様のためにする仕事はすべてやりがいを感じますが、やはりこうしておそばで身の回りのお世話をして、常に護衛させていただくのは幸せです。毎日のお飲み物を選んでご用意するのも外せないですね。作った料理をおいしいと食べていただくことなど格別の喜びです」

「そうか。いつも本当にありがとう」

こちらこそお仕えできて幸せです、と答えて、そのあたりでその日の経歴書検分は終わりになった。二人であたたかい毛布にくるまれるとカムイはすぐにすやすやと健やかな寝息をたてはじめる。ジョーカーはその陰のないなめらかな寝顔に見惚れながら、先程言ってしまった冷たい――カムイにはそう思われただろう――言葉について考えていた。つい強く言いつのってしまった。主に助言をするのは悪いことではないが、感情的になってしまってはいけない。王のそばに侍る者が、私情で王の判断に影響を及ぼしては国が乱れるもとだ。

 

 

たまに、昔の夢を見る。おおむね悪夢だと分類しているが、その夢は最初甘い香りがする。

真白いクリームで覆われたしっとりとしたケーキ生地に、みずみずしい果物が母の宝石箱の中のようにみっしりとちりばめられている。華やかで芳醇な香りがして、食べると父母に邪険にされていることをいっとき忘れ、いずれこのケーキと同じように明るい幸せが自分には与えられるのだとなんとなく思うことができた。ここは味気なく乾いた家だけれど、世界にはこういうすてきなものがあるのだからと。

しかし父母に捨てられた階下の使用人の世界はつらくみじめで、もといた家よりさらに物理的に乾いていた。保存のきく石のようなパン、紙くずのように乾いたチーズ、食材のはしたを集めて煮込んだ薄いシチュー。王族が住まう城の食材だから、余り物でも他よりずいぶん上等なのだという。

さまざまの生の果物やスパイス、砂糖、白くなめらかに挽かれた小麦粉など、大好きだったものの材料がみなぜいたく品だったのだと、初めて知った。何よりみじめだったのは、あの美しい幸せが自分を捨てた両親の権力と財力でもたらされていたものだったと思い知らされることだった。

「ジョーカー、これとってもおいしいよ! ほら食べて!」

主に声をかけられて、自分がもの欲しげな顔をしてしまっていたかもしれないことに気付いた。子供の心にはそれを恥じるより差し出されたフォークへの興味がまさり、周りの目を盗んだ一瞬のことだったので、ついぱくりと食いついてしまった。とたん口の中に幸せが広がった。りんごを甘く煮たものだった。味を噛みしめてぽうっとしてしまっていたのだろう、主はその顔を見て「ジョーカーも好きなんだね」と喜んだ。飲みこむころには、恥ずかしくてたまらなくなっていた。

無力な自分にとってあの好物は、両親のいた家の、偽りの、恥ずべき快楽の味。自分の力で手に入れようとするならいい。しかしそれを誰かに恵んでほしいとは、あの家にいたころに戻りたいなどとは、間違っても思いたくない。自分の幸福は甘い餌を与えられることではなく、大好きな人に奉仕すること。主に快適に過ごしてもらうために働くこと。そう自分で決めたのだ。

 

→次ページへ続く

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