【R-18】デセール・12月 りんごと梨のケーキ - 3/5

また冬のある日。マークスやピエリと透魔の軍備の話をしに来たカムイに従って、ジョーカーも暗夜王都を訪れていた。カムイが暗夜を訪問するときの館のように扱われる北の城砦を整えるためだ。

北の城砦は本来なら迎賓館になるような立地ではない。もとがカムイのための牢獄のようなものだ。鳥籠を離れた今となっては思い出深い建物であるために、カムイの希望で使うことになった。思い出深いのはジョーカーにとっても同じだった。地下書庫には子供のころからカムイといっしょに読んだ本がたくさんある。

書物や装飾品などを整頓し、必要な備品を数え上げていると、慌てたようすで住み込みのメイドが一人駆けてきた。

「あ、いらっしゃった! あの、ジョーカーさん……!」

「ばたばたと走るんじゃねえ。なんだ」

「すみません、ええと、王妃様がみえて、ジョーカーさんの紅茶をご所望です」

「はあー? なんの用だよあいつ……」

王妃様、とは騎士団の将軍を兼ねるピエリのことである。カムイとの会談が始まってから確かにそれなりの時間が経ったが、相変わらずかなり自由であるらしい。

ピエリとはいえカムイと同じ王族となった以上帰れとも言うことができない。とりあえず湯を用意して急いだようなふりをして先程整えたばかりの応接間へ戻ると、派手な色の髪の女が椅子でくつろいでいた。

「あー! ジョーカー、遊びに来てあげたのよ! ほこりっぽくてじめじめだったのにずいぶんきれいになったの」

「そうです、まだまだ掃除の途中ですので妃殿下に足を運んでいただくような場所ではありません。妃殿下はわが王と軍備の相談をなさっているはずではありませんでしたか? 道を間違えたならお送りいたしますが」

「あっ、ピエリを追い出そうとしてるの。けいごを使うのたいへんなら前みたいにピエリでいいのよ? ピエリもまだ練習中だから」

白くたっぷりとしたレースのペチコートをふぁさふぁさと揺らしてピエリは脚を遊ばせた。鎧を着ていたときから装飾をやりすぎた人形という印象だったが、豪奢なレースでできた包帯のようなドレスに包まれていると、奇抜な少女人形の顔に胸と腰だけ張り出した細い体がますます作り物めいて見える。カミラともまた違った恐怖を感じる異様さだ。おかしな王妃ではあるが、逆に王妃なら仕方ないか、という圧のようなものもあった。ピエリは特に変わらないままでも、マークスの隣にしっくり収まっているらしかった。

「……そういうことじゃねえよ……。紅茶か? 紅茶でいいのか?」

「わーい、ジョーカーの紅茶なの。ピエリ、ちゃんとお仕事はしてきたのよ。カムイ様としたお話してあげるからおいしいのを淹れるのよ」

脅しや駄々でない交渉らしいことが少しはできるようになったピエリに感心しつつ、カムイの仕事の話が聞けるならとジョーカーは素直に心をこめてピエリをもてなした。ピエリはカムイが目を通してきた現暗夜軍の職業軍人たちの特徴や、実際に部隊を組む場合の運営、練兵の方法について話をしてきたらしい。

「カムイ様はねー、ピエリと違ってあんまり戦うの好きじゃないのね。でも軍のことを一生懸命考えててえらいのよ。カムイ様は一人でもすごく強いし、マークス様もリョウマ王もカムイ様の国を攻めたりしないし、こまったら助けてあげるのにね」

「そうだな。カムイ様は人を傷つけるようなことは嫌ってらっしゃるのに、よく王のつとめを果たそうとしていらっしゃる」

「カムイ様が言ってたのはね、透魔にももともと軍はあったみたいだけど、きほんりねん?が、竜だのみだったのって。王族やほかちょっとの人は強い力を持っていたけど、竜がいるから民には戦いのこと考えなくていいっていうふうにやってたのね。だから、ハイドラが人間をイヤになったとき止められなかったのかもって。人間は人間でがんばろうとしてたらそうならなかったし、竜もちょっとは悲しくなかったかもしれないって言うのよ。
マークス様言ってたの。
『私たちきょうだいは助け合える。おまえは竜の力で民を守れる。しかしそれは私やリョウマが王である間だけのことだし、たとえば私が父上のように邪悪にとらわれないとも限らない。竜が守ってくれているから、という依存で滅びてしまったかつての透魔王国にもおまえは学ばなくてはならない。国とは自らの国を自らで守る力を、なんらか持とうとしなければならない。それが、自立をするということ、ともに生きていくことだからだ』って。今までも何回かそんなようなこと言ってたからピエリ覚えちゃったの。ちょっと変えて騎士たちに話すとみんなすごくやる気出るのよ。ピエリすごいでしょ」

マークスの長いセリフを落ち着いた声で再現するピエリはそこだけ立派に元帥王妃になっていた。そういえば、酒を飲んだときかなにかにピエリが淑女のように話していたと聞いたことがある。おそらく死んだ母親の真似をするのだ。ピエリは愛するものに学び、これからともに力を揮っていくのかもしれない。ジョーカーは感嘆した。

「驚いた。おまえちゃんと仕事をしてるんだな……。料理と人をなぎ倒すのだけが得意なんだと思ってたが……」

「なぎ倒すのだけ得意なのはフェリシアなのー! ねえねえ、フェリシアは今日は来てないの? ピエリほんとはフェリシアに会いに来たの。やっぱりピエリの侍女にするのよ」

「まだ言ってるのかそれ……。物好きな王妃様だな。俺じゃなくてアレを欲しがるとは」

「えー。ジョーカーはいらないの。だってジョーカーやる気のない執事なの。お仕事してるとこあんまり見たことないのよ」

「はぁ?」

耳を疑った。この完璧な執事が? 現在進行形で仕事をしているというのに?

「おまえ大丈夫か……? 今おまえが飲んでるものはどこから出てきたんだ」

「もちろんジョーカーの紅茶はおいしいのよ。でも星界のお城にいるときピエリわかったの。ジョーカー、カムイ様に関係ないことはテキトーなのよね。カムイ様のこと好きだから、好きなことしてるの」

「な、ん……俺はカムイ様の執事なんだから、カムイ様の周りのことをするのは当然だろうが」

「あのね、ピエリねえー、国のお母さんになるのよ。なんかたいへんそうなお仕事なの」

話の途中で突然ピエリは自分のことを訴えだした。仕事の話、ということでピエリの中では世間話のように続いているらしいが、衝撃を受けたジョーカーはついていけない。

「国のお母さんになるって、どういうことかまだよくわからないし、たぶんピエリの今好きなことをするんじゃないと思うんだけど。でもマークス様の王妃さまでいるのには大事なことだっていうの。だからなるべく泣かないでがんばるのよ。でもピエリは戦ったりお料理したりするのが好きだから、好きなこともするの。強い侍女の前で泣いて暴れたりもするの。たまにマークス様にお料理を食べてもらうの。シュミなの」

「俺の仕事は……趣味……だと」

――公私混同。という言葉が頭の中心を占めて、がんがんと鳴っていた。確かに、主を想えば今の仕事はやりたいことだらけだ。一定以上の嫌なところがなければ仕事ではない、などとは思わない。しかしピエリが言うのはつまり、ピエリの料理のようにどれほど質が高くても、今は毎日続けられていても、ただそうしたいから、が理由となってしていることは、動機の面で安定した信頼に値しない、ということだ。専門職(プロ)では、ない。

ピエリはそこまで頭で考えていないので言わなかったが、もし言われていても言い返せなかった。自分は違うと言えなかった。

ピエリはジョーカーの顔を覗きこんだ。

「ジョーカー、なに固まってるの。うれしいでしょ? ピエリはジョーカーを連れていかないのよってことなの。ジョーカーはカムイ様のことなら楽しくがんばれて、カムイ様はジョーカーのこと好きなのよ。ピエリのお母さんがピエリにお料理を作ってくれたのと同じなの。しあわせなのよ」

「……それはおまえ、……家族だから……だろ」

それとは違う、と言うために、ジョーカーは自分には意味のよくわからない言葉を無理矢理使った。わだかまりが胸に沈降していく中、正面の通路のほうからざわめきが聞こえてきた。

「マークス様!」

蹄の音でも聞き分けたらしい、王妃は立ち上がってうれしそうに跳ねていった。ピエリだけ先にやるわけにはいかずジョーカーも急いで出迎えに向かう。砦の橋を、カムイとマークスが馬で連れ立って来るところだった。

「マークス様ー」

ピエリは高い靴で器用にたかたかと駆け寄っていこうとしたが、マークスが片手を少し挙げて止めた。橋のたもとに着いて二人とも下馬する。

「おかえりなさいませ、カムイ様。王陛下にはお久し振りでございます」

「ただいま、ジョーカー」

「うむ。ピエリが世話をかけたな。カムイと交換に来た」

「ピエリはお世話かけてないの。でも紅茶はおいしかったのよ」

「王妃。あなたを迎えることは国の者たちにとってはおおごとなのだ。どこへ行くのもいいがそのことは覚えておくように」

「わかりましたなの」

マークスは以前と違い妃として尊ぶ言い方でピエリを叱った。表面上は甘くなったかのようだが、そのほうがピエリにはよく浸透しているように見えた。

交換、と言われた通り、カムイの乗ってきたのはピエリの馬だったので、カムイはドレスのピエリの手をとって馬に横乗りに乗せてやった。ふたりが大人の紳士淑女らしい動きに少しばかり苦戦している間に、マークスはぽつりとジョーカーに語りかけた。

「おまえは、よくやってくれているな。カムイを頼む」

「恐縮です。これからも全力でお仕えいたしますよ」

当然のことを、と思いながら答える。侍従からカムイ向けの書類の入った盆をさし出されたので、受け取る。マークスがカムイとピエリのほうを見つめているので、なんとはなしにちらりと盆に載った書類が目に入る。ジョーカーは息を呑んだ。悟られないようにするばかりで、ほとんどマークスの言葉を頭に入れることができなかった。

「私はもうカムイと運命をともにすることができない。いつまでも味方でありたく思うが、私の家族は暗夜国民だからだ。おまえはカムイとともにあってほしい」

書類は濠をわたる風にあおられて、何枚か上端がひらひらとめくれる。その何枚かはまた経歴書の形式だった。題目にはこう書いてあった。

 

『王城執事役』。

 

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