【R-18】永遠の供 - 3/6

カムイの寝室に帰り、ジョーカーは約束通り主に奉仕するため服を脱がせていた。あたためた私室に入ってしまえばもう主の解放を妨げるものはない。ジョーカーも何も遠慮することはないのだ。奉仕したいだけさせていただける、早く早く、と思いながら主を下着だけの姿にする。

「さあ、カムイ様、」

「ジョーカー。上を向いて」

「は……」

うつぶせになってください、と言おうとしたところで言われた通り跪いたまま上を向くと、体をかがめたカムイに口づけられた。

そもそもあまり口づけを交わすこともない、身長も主のほうが今のところ低い。上から受けたのは初めてでジョーカーは少し驚いた。

「んっ……、んん……ふ、」

一生懸命に舌を入れてくるカムイが愛おしくてジョーカーはたまらなくなる。舌どうしが触れやわらかくかたちを変えあうと、腰まで甘い気持ちが落ちてくる。お上手です、と思ってから、急いで攻勢に転じる。

「……ん……」

「ん! ……っぅ、んん、んー……」

深く絡め合わせてねっとりと口内を愛撫してやると、カムイは肩をはねて簡単に愛らしい声をあげた。唇を合わせたまま手を探って、指の股をさわさわと撫でる。予定通りのマッサージだ。

片腕が心地よくほぐされ、唇を離したころにはカムイの膝は崩れていた。ベッドに連れていくために支え立たせながら、ジョーカーはきまり悪く言った。

「申し訳ありません……もの欲しそうな顔を、してしまっていたでしょうか……」

「うん? ……とてもきれいだった。ジョーカーのその目は僕、好きだな」

ふにゃふにゃになっているのはカムイのほうなのに、ジョーカーはうつむいた顔を赤くして恥じた。

 

血を賜ったのだから、もっとしっかりしなくてはとジョーカーは思っていた。今までの自分はカムイ様のためだのカムイ様を思ってだのと言いながら、主を好きな気持ちに依存し過ぎていたのではないかと思い至ったのだ。それは本当に、本当の愛なのかと。本当の忠誠なのかと。

本当の愛……。

机仕事に固まったカムイの背を筋肉の流れに沿ってほぐしながら、ジョーカーは胸にその言葉を浮かべた。愛とはと、世にはさまざまに言うが、自分の気持ちはそうだろうか。本当の愛は無償のものだという。見返りを求めていないとはたして言えるだろうか。まして私心を捨てているとは到底思えない。比べるようなことではないが、役に立てなくてもへこたれず本心から笑えるフェリシアや、遠く離れても思いに揺らぐところのないサイラス、無私という言葉の似合うスズカゼなどのほうが、自分よりも主を真に愛しているといえるのではないかとも思った。

カムイを心から奉仕したい真の主だと、自分の運命だと思って忠誠を認めてもらったように、ジョーカーは真なるものになりたかった。そうすることでしかきっと返せないと思った。それがどんなものなのかはまだはっきりとはわからないけれども。

「あ……あ、……っふ……」

結局マッサージを終える前にベッドの中へと引き込まれてしまい、愛撫されていて思わず漏らした声をジョーカーは手で封じた。覆い被さっているカムイが心配そうに顔を覗き込んだ。

「どうしたの? ジョーカー。苦しい?」

「いっ……いえ……。お気になさらずに……」

「……」

上目遣いのカムイの目が不満げに光った。あたたかい体温の伝わる手で優しく撫でられると、落ち着こうと思っても体が震えた。

「ん! ……は……はぁっ……ぅあっ、く、ん、んっ」

ジョーカーは戸惑い焦った。気持ちがいい。どうやら感じている。

ジョーカーは、カムイの欲を受け止めることができた以外、他人との体の接触で決していい思いをしてきてはいないし、この程度の触れ方では冷静なはずだった。こんなことではいけない。カムイ様も、カムイ様こそが気持ちよくなっていただかなくては……。

ジョーカーは平静な調子を心がけて、カムイの腕をそっと押し返した。

「カムイ様……も、もういいですから。お慰めさせてください」

「……つまらなかった?」

「は?」

思わぬ言葉にぽかんと聞き返した。

「どこをどう触ったらいいか……教えて」
言葉を反芻している少しの間にカムイは胸元をくつろげて、中に手をしのばせてきた。その指が起き上がっている乳首にわずかにひっかかり、ジョーカーは震えた。

「そっ……、いけません、そのようなこと!」

――カムイ様にお気を遣わせている!

状況を理解し、かつ自分の反応を恥じたジョーカーは飛び起きてシャツをかき寄せた。

「なんで! ジョーカー、したいんじゃないの? この触り方は嫌だった?」

「な、なっ、いっ、嫌などとは! そうではなくて……カムイ様はどうぞごゆるりとお寛ぎください、私がご奉仕いたしますのでっ……」

「申し訳ないって何? したいなら言ってくれていいのに」

「ま、まさか、私がもの欲しそうだからと、閨に招いてくださったというのですか?」

そうではないと、思うままに交わってすっきりしたいのだと言ってくれという、もはや懇願をこめて、ジョーカーは聞いた。願いとうらはらにカムイは当然だと言いたげに朗らかに答えた。

「それが悪いこと? ジョーカーがしたそうにしてたら僕もしたくなってくるし、どっちがどうとかじゃないだろう」

「……悪いです!」

あくまであっけらかんとした主に、これは大変によくないことなのですよ、と叱り言い聞かせるつもりでジョーカーは強く言い切る。

しばらく睨み合い、睨み合ったままでジョーカーは裸の主を毛布でくるんだ。

慈しみに包まれてカムイは眉を下げた。

「ジョーカー……」

「……申し訳ありません。ですが、私がそのような……ねだるようなことをするようになったら、きっとご不快ですよ。そんな無作法なことは考えられません」

きらきらとした紅い瞳が見つめてくるのは、愛らしいけれどもその実かなり暴力的な威力をもった強請だった。ジョーカーはその手には乗るまいと目を閉じて、見るからにしかめた顔をつくってみせた。

「だめです。カムイ様は私をそんなふうにして、執事廃業になさるおつもりですか」

「どんなふうになるの」

「……お察しください」

しかめた顔も真っ赤になってしまって、ああこれではねだって誘っているのとあまり変わらないではないかとせめて顔を背ける。

カムイは不安げな声でたずねた。

「……ジョーカー、怒ってる……?」

「私がカムイ様に、怒ってなど……。ただ、戸惑っています。カムイ様のお邪魔になるかもしれないとは久しく考えませんでした。お役に立てている自信がありましたから。ですから、これからもどうぞ私のことは影のようにお気になさらずに。それが私の幸せなのです」

「邪魔、なんて。何を遠慮することがあるの。ジョーカーは僕の恋人なんだから、もっとしたいことを教えてほしいって言ってるだろう」

「こい……」

 

ジョーカーは手で寄せとどめていた毛布を落とした。

思わず復唱しかけてしまった言葉の響きにひどく驚く。ついで、目の前の主の表情の変化で自分がなにやら崩れた顔をしていることを悟った。

恋人?

僕の恋人?

 

主はさっと顔色を悪くした。

「えっ……あっ……もしかして、ジョーカーは今、恋人がいる……のか……? そうだったら、僕の相手なんて」

「い、え、……そのようなこと、問題では……! 恋人……こい、びと……でございますか……?」

顔が額まで熱かった。口元を隠して少し距離をとりながら、なんとか応対しようと問題の言葉を繰り返してみた。繰り返してますます混乱した。

恋人、など、いい言葉ではなかった。北の城塞も暗夜の王侯貴族の居城の例にもれず、使用人の人間関係は退廃と虚栄たっぷりでごちゃごちゃと猥雑だったし、勝手にすり寄ってきてそういうことを言ってくる輩もいた。ジョーカーにとってそれは利用して蹴落とすだけの雑巾のようなものだった。その世界とカムイがどうしても関連付けられず、むしろ関連付けたくなかった。それどころか両親がそれぞれに『恋人』をこしらえて自分をたやすく捨てたことまでも思い出されてくる。最終的には胸が悪くなり考えを打ち切った。

「申し訳ございませんが、辞退いたします」

問題ではない、と言われてからの拒絶にカムイは息を呑んだ。

言ってからジョーカーは今更に困惑した。目の前の主のために嫌な気持ちを打ち切ろうとしただけだった。頑固なカムイのこと、抗議はしてくるだろうと思っていたが、真っ青になるほどのことではないと思っていたのだ。ちょうど、そう、晩餐に供される予定だった好物が変更された、その程度のことだろうと思ったのだ。

自分が「恋人」などとして侍らなくても主になんの不満足もさせるつもりはないし、むしろ、体の関係があるからと使用人にそのような大きな顔を許せば、悪いことにしかならないと言ってもいい。ジョーカーは自分の生家でメイド長にまで気を遣わせ、上下関係を乱していた美しい小間使いがいたことを思い出した。今思うとあの女は父だか母だかの手つきだったのだろう。

俺をそのように扱ってはカムイ様の将来に悪影響だ。ジョーカーとしてはそう当然に考えたつもりだったが、カムイの純真な顔を見て、ああカムイ様は俺のように貴族の堕落をご存じないのだった、と思い直した。肩に触れ、噛んで含めるように語りかける。

「申し訳ございません、そればかりは……どうぞお許しください……。カムイ様のためです」

「……どうして」

なだめる手もむなしく、紅い目から涙が落ちた。その水の粒は美しかった。頬に唇を寄せて賜りたい、と思う。けれどカムイはすぐに自分で拭ってしまった。

「ごめん……ごめん。どうして今まで、全部許してくれたんだ。僕が主だからか? そんな無理強いをしたくはなかった。ジョーカーは、優しいから」

「無理……強い? そんなこと思っていません。そんな……どうしてそんな泣かれるのです。あなた様には恋人にふさわしい方がちゃんといらっしゃいます。私の体はどうぞ処理に使ってくださいませ」

「なんてことを言うんだ。僕が、僕が、ジョーカーをそんなふうに見てたと思うのか」

カムイは手を振りほどいた。背を向ける前の一瞬、涙を散らす目の非難がジョーカーの胸に刺さった。

「カムイ様、」

「ジョーカーは……僕の……一番大事な人だ。僕が欲しいのはジョーカーだけだ」

背中ごしに聞こえる涙声にジョーカーは悲しくなった。

ふたたび毛布をかぶせてくる執事の手をカムイは拒もうとしたが、今度は毛布ごと背中からぎゅっと抱きしめられ、止まった。

「私が、そこにいたから、お嫌でなかったから、抱いてくださったのでしょう?」

夜に溶けるようにジョーカーは静かな声で言った。カムイは無言で目を見開いた。

「あのとき、嬉しくて……私だとわかって抱いてくださるのが、本当に嬉しくて、死んでもいいと思いました。今も、思っています。いつでもどんなふうにでもして、もし不忠にもあなたを受け止めきれず死んだら、そのままこの体を食べていただきたいと思います」

言葉をみつけられないカムイをきつく熱く抱きしめて、ジョーカーは幸せと誇りを語った。

考えの違いに主が苦しんでいることはわかっていた。しかし本心には本心を返したかった。

「……僕は、ジョーカーの、体も心も全部欲しい」

呆然とつぶやいたカムイの背に、頬ずりするようにジョーカーはうなずいた。

「私のすべては、あなたのものです、カムイ様。間違いなどありません。お慕いしています。あなたが王族だとか、私が執事だとか、すべてなくしても、あなたをずっと愛しています。それは私の本心です」

「でも、ジョーカーは僕の臣下で、僕のもので、そうやって……僕が欲しいと望めば、おまえはそんなふうに全部差し出す。そんなのは嫌だ……。ジョーカーにはジョーカーの……心を生きてほしいんだ。そうじゃなければ……」

「私はカムイ様の体と心の痛み苦しみを受け止めるものでいたいのです。何も要求したくありません。私を……思い上がらせないでください」

 

二人はやがて噛み合わない会話を止めた。

ジョーカーが腕をほどき、寝間着を差し出すのにカムイはおとなしく従った。ボタンを留(と)め終えて、ジョーカーは寝台から降り跪いた。そしてただ、つらつらと告白した。

「あなたの……
……あなたの、恋人になったら、私はあなたのご縁談や、ご夫婦の間を邪魔するかもしれません。今までだってたくさん嫉妬してきたのです。後悔などしていませんが、あなたのおそばにいたいがために除いた者もいました。特別のご寵愛があればそれに頼り、道理に外れたことをして、お立場を悪くするかもしれません。
そして恋人はいつか飽きられます。そうしたら終わりです。そうなったら、そう、なったら……、その先を、私は生きてゆかれません。
使用人ならあなたに死ぬまでお仕えできます。たとえ夜のご奉仕ができなくなっても、遠い距離を隔てても、もういらないと暇を出されても、私の心は変わりません。ずっと、あなたのおそばに。わがままをお許しください」

カムイは寝台で黙って懺悔を聞いていた。

吐露された心を汲んでか無言で横になったカムイの肩に、ジョーカーは毛布を整えた。普段は凛々しくも甘やかな少年の声が、ぽつりと抑揚少なに宙に浮かべられる。

「ジョーカーは、後悔してるの」

「何をですか?」

「僕とこんなふうになったこと」

「いいえ」

焦るでもなく穏やかにジョーカーは答えた。

「カムイ様とあることが、私そのものです。あなたの意が私のすべきこと。
それにこんなにぴったりと添えて……、あなたの体の一部になったようで、私は幸せです。とても」

本心だった。

おやすみなさいませ、と頬にくちづけてジョーカーは退出した。閉じた扉の向こうに、しばらくすると小さくすすり泣く声が響いてくるのを、気配を殺して聴いた。耐えなければならない。いますぐ抱きしめて慰めたくても。自分ひとりだけですべてから守りたくても。

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