22.【R-18】嵐を呼ぶ! 悲しい乳首症候群 - 2/3

 

 

明かりを常夜灯だけにした。エリジウムが先にごろごろしているキングサイズベッドに寝支度をして入っていった。

音楽を聴いていたらしいイヤホンを外したとき目が合った。にへ、と笑う。横寝で寄り添って甘えてくる。

「うふーん」

同じ部屋で寝起きするようになって、エリジウムが飛び回っていて留守の期間を除いても何週間経ったのだか、いまだに俺が近くで眠ろうとするのを見ると幸せそうに浮かれる。腕に手を添えてやるだけで喜んでもっと擦り寄る。

「えへへ……。うれしい……」

「ん……」

「明日早い? 何時?」

「通常日程だ。おまえは」

「遅くていいから朝食作って片付けて見送ってあげるよ」

「そうか」

「ね、一緒に気持ちよくなってから寝ない? 僕が触るから。いい……?」

「かまわない……」

やった、と言ってエリジウムは俺の顔じゅうにキスをした。頬にされたあと、顔の向きをずらして唇で受けてやる。

 

 

ここ最近、隣で眠れるタイミングが合う日は毎度のように言葉や愛撫で誘われて、「一緒に気持ちよくなってから寝る」「いちゃいちゃする」を続けていた。

性的な行為には依存性があるから節度をもつべきではないかとエリジウムのほうが言っていたのにいいのだろうか。ひと晩に複数回射精することもあるし、一人で排泄として処理していたときからすれば考えられないような頻度だ。念のため、最近回数がとても多くなっているしおまえは依存症状があったりはしないか……と聞いてみたら目を泳がせて不審だった。心身に問題があってはいけないと真剣に問い詰めると「だから、僕にとっては多くもないんだって。このくらい、いつも一人でもしてたの! 特に君のこと好きになってからは……生気に満ちたイケメンなの僕って」と赤くなっていた。そういうものか。難儀なことだな。

逆に「個人差の大きなことだと思うからさ、おねだりしすぎて君に無理をさせちゃってるのかな?」と心配されてしまった。今のところそういう意味での無理は感じていない。俺としては、飲酒量を試すときのように自分の変化を観察しようと思っているから問題ない。むしろ、体や頭の冴えはすっきりと好調な変化を感じる。エリジウムと感じ合うと奔放で愉快な気分になりインスピレーションも受ける。悪くない。

エリジウムが俺を「恋人」として求めることには、できる限りに応えてやろうと思う。負い目とは思わないが、俺ができることは……こいつが与えるものに比べて、少ない。

 

触り合っているときのエリジウムは、彼方からの気流にうねり続ける外気のように、ひとときもじっとしていない。

震える、体をよじって悶える、跳ねる呼吸で胸を腹を波うたせる、肌を押し当て擦りつける、何か特殊な場に包まれてでもいるような熱い手で撫でる……。たえず歓びと苦しい切なさの混ざった声を出して、困りきったような顔で、肌の薄いところを赤くして、俺を好きだ好きだと言って、涙までこぼす。

最初恐ろしかったのは、こんなに狂おしく大波をうって、こいつを殺してしまうのではと思ったのだ。しかし波に砕けたかに思えたエリジウムはただつやつやとして俺のもとに戻ってきた。すごいことが起こっている、と驚嘆させられる。

乱れる、とか、痴態、とかいうのだといったな、そういう姿を。馬鹿になっているとは思わない。なんと大胆で豪放なのだと思うばかりだ。以前、エリジウムを抱えて泳いだ、触り合うときにはあれと逆に、波にもまれるのを楽しみさえするエリジウムに掴まって大波の向こうについていくことしか、俺にはまだできない。

 

 

裸になって、ぴったりと横に寄り添って手を繋いでいた。あたたかい息のさざ波を心地よく首筋に浴びながら、体を触られる感覚に集中する。

「……ふ……、ふ…………ぅ……」

「気持ちいい……君の肌……。君も気持ちいいね……」

「……、ん……」

脇から胸を撫でられる。そのあたりは、エリジウムに幸せそうに触れられると、くすぐったさを心地よさとして受け取れるようになってきていた。

裸の肌を合わせただけで本当に気持ちよがっているのが、伝わってくる。ゆったりと寄せる波に、二人足をひたして……

——ふいに、体の底から裏返るような感覚がぶわりと爆発した。

 

 

「……のぁーーッ!?」

 

 

エリジウムの悲鳴、どさりという音。

怖気から我に返って飛び起きて見るとエリジウムがベッドから落ちていた。どこから爆風が? 俺が落としたのか。骨盤あたりを蹴った感触があった。知らぬ間に蹴り飛ばしていた。

助け起こしに下りた。

「怪我は無いか、悪かった」

「えっブラザーがすごい謝ってるぅ……。僕は大丈夫だよこのくらいの転がり! いつでも一発や二発攻撃してきても受けられるよって言ってるでしょう。君のほうこそさ、大丈夫? 僕へんなとこ踏んじゃったりした?」

「……」

ベッドの上に戻りながら、考え込んだ。久々に、そして今までにない深い恐ろしさのある感覚、制御しがたい神経の狂騒を感じた。あれはどこをどんな……何が……。

突き落とされた水の中で上下も前後も不覚になったようで、思い返しがたかった。

「何を……していたところだった」

「えっ? 記憶とんだみたいな? どこから? 君は僕の大事な親友で相棒にして愛する人コードネームはソーンズ、今は寝る前のリラクゼーションとして肌を合わせてイチャイチャ遊んでいたところだよ」

「そんな大きな記憶障害じゃない。確か……」

「あ、乳首いやだった?」

 

俺がたどるような動きをするのを見てエリジウムは直前のアクションをなにげなく言った。

乳首、乳頭を、触られたのか。神経末端が多いのは確かだ。いや、それなのか? 今までは触られても少しくすぐったいくらいだったのにか?

性感を含む神経の応答には「開発」……、筋力トレーニングのように使っていくことによる変化もあるのは、ここのところ身をもって実感していることだが。

 

「ここが嫌……なのか、わからない。もう一度いいか」

「おっとォ、チャレンジが始まったね」

「蹴り飛ばさないよう今度は気をつける」

「僕も用心して臨むけど、ぜひそうして」

さきほどと同じ体勢をとる。探る前に肩に頬、胸板に手をぴとりと当てて甘えられた。少し、胸騒ぎが落ち着いた。

「じゃ、いくよ。さっきはねえ……」

エリジウムは蹴り飛ばした瞬間の少し前から再生を始めた。指の背で、脇から胸の方へ、ふわ……と。

「ふっ……、ふ……ぅ……」

「このへんは大丈夫みたい? それで……」

羽の感触が、婉曲な予告をしてから問題の箇所に近付く。呼吸を落ち着けて集中した。

ふわ……とした触るか触らないかのかすかな圧刺激が乳首の表面に乗ったとき、気配が来た。波風の暗いうそ寒さが。体の奥から。

「う、う」

「あッ? やっぱりこれが嫌だったみた……」

俺の様子が変わったのを見てとってエリジウムは手を離そうとした。

「嫌じゃない、嫌では……、なんだ……?」

「わっ、わっ、続けていいならするから! ぐいぐいしなくていいよ、落ち着いて。ねっ……」

離れる手首を掴んで胸に持っていこうとする。エリジウムは恭順の意を示そうとしてか、そのおかしな位置から指先をのばし小刻みに撫でた。

「はぁっ! ……ア、ぐっ……う……!」

——ぞ、ぞ、ぞ……。

手首をひどく握りしめてしまった。痛かっただろうし触らせるにも益がないとなんとか頭を動かして解放した。

恐る恐る、ゆるく、本当にわずかに擦られているだけで、人体に存在しない内側の触覚を遠く逆撫でされているような感覚がした。その、存在しない裏側の無数のひだがざわざわと騒ぐ声。腹の底……もっと底から。アタノール、会陰のところから。体内を舐め背筋に打ち寄せて嘲笑の冷たい渦をまく。

歯がかたかたと鳴った。

「う、クッ、……ッう、……ン……!」

「だ……大丈夫……?」

俺の様子が激しい苦痛と変わらないからだろう、エリジウムは心配そうな声だった。実験パートナーに無用の心労をかけるのはよくない。ひとまず現状を共有することにする。しかし逃がさないように手首にそっと手を添えた。

やめるなという意味らしいと察したようだ。ゆるくゆるく慎重に続けながらエリジウムは俺の顔を覗き込んだ。

「……これ、は……、性感だとわかった」

「あぁ、それは良かった……。乳首感じるようになったんだ」

「性感だが……、うっ、憎しみ……脱力……感……、いや……ッ、寂寥……? 高熱のとき悪寒が背中を」

「それ全部不快感の描写じゃない⁉」

指が離れてしまう。感覚を追うのに手一杯でどうしたらいいかわからず、また手首を握った。

「やめるな……。今っ……掴もうとしているんだろうが……!」

「えっ、ええっ、掴んで大丈夫なやつなのそれ? 他のところでも気持ちいいんだから、気持ち悪さのあるところを無理に開発しなくても……」

「おまえが……触っているので、なければ、狂いそうに感じる。……恐、い……」

 

エリジウムがまともな心配をしているのはわかる。しかし追って掴んでみたくて、どう交渉すれば協力をとりつけられるのか窮して、窮したから、俺は胸に吹き荒れる恐ろしい感覚をそのまま言葉で吐き出して伝えた。

……「問題ないから続けろ」とは真逆のことを震えた声で言ってしまった。だめだこれは。

しかしなぜか、それでエリジウムは何かを納得したようだった。眉を下げて愛撫を再開した。湧き上がる暗く寒い流れが一瞬あたたかなものに包まれた気がした。

寒流と暖流がぶつかる潮目で、そっと境界をぼかすようにエリジウムは乳首の表面を擦った。

 

「あ……あ……う、あッ……ぐ……!」

「うん……うん……」

「ふぅっ、うう、ぁあ゛っ……! あ゛、ぅ」

「うん……大丈夫だよ……」

 

暗い、寒い、恐ろしい、寂しい、切ない、空しい。

たぐってしまうと腹から臓器を引き出すように止まらなかった。震えもがいた。理由のない気分の沈み込みが実物の水流のように体の内側に打ちつけてくる。

しかし、すぐ隣にエリジウムが、いる。繋いでいる手を強く握り、もう片手を頬に伸ばして触れた。少し涙が出た。温かく、骨があり、息をして……、俺の……俺の……、

 

「ッ、蹴りそうだ、自信がない……」

「いいよ、蹴っても……。急所じゃなきゃ……」

そう愛情深くは言うが、こんなにも錯乱して蹴ったら今度こそ急所に入りかねない。

いったん止めさせて、体液やローションがシーツを汚しそうな場合のために枕元に備え付けてある大判のタオルを敷いた上にうつ伏せに構えた。前腕を横にした上に胸の上部を乗せて寝そべれば、そのあたりに手を入れるくらいの空間は確保できる。

「……これで、乗り上げてでもできるか? 踏め。関節を押さえろ。それで安全だ」

エリジウムの脛で俺のふくらはぎから足首をホールドしていれば無意識に蹴ることはないはずだ。息を乱し焦りながら尻の方を振り返って乗れだの踏めだの言っている俺はかなり滑稽だろうに、エリジウムは真剣な顔で息を吞んだ。

「……僕は安全だけど君は身動き取れないよ? 利き手塞がるどころじゃないけど平気?」

「危険な体勢だ……。背中は任せた」

「……任されたよ。よしやろう」

エリジウムは神妙にいざり寄り、言う通りに背中側に乗った。

「止めろと言うまでやめるな。信じているからな」

ありがとう、となぜか言われる。首筋に寄せられた頭は温かかった。脚を踏まれ覆い被さられる、想像してみれば屈辱的なような気もする危険な体勢には、不思議と恐怖でもむかつきでも虚脱でもなくダンスのホールドのような高揚があった。脇から胸にさし入れられる手。恐怖と興奮とで息が乱れた。

 

→次ページへ続く

送信中です

×

※コメントは最大500文字、3回まで送信できます

送信中です送信しました!